ペ:ペンギン先生です。
コ:コシロです。
ペ:それでは、前回の続きを話していこうと思います。Intravenous fluid therapy in the perioperative and critical care setting: Executive summary of the International Fluid Academyのレビューの抄読会、今回は8回目だね。
コ:まだ終わらないのかな?
ペ:次回が最終回の予定だけど、次回は外傷と熱傷の体液管理、という少し色合いの違うテーマになる予定だよ。
コ:最終回なのに色合いが変わるんだ?
ペ:論文の内容に準拠して書くとそういうこともあるよ。レビューなんかだとメインテーマを目立つところに書いていくから、比較的目立たないテーマが最後に追記されたりする。とはいえ、重要な内容だから書かないわけにもいかないしね。
コ:まあ、それは仕方ないね。
ペ:さて、今回は前回の続きで「蘇生のための輸液療法、4つの段階」というテーマで講義していきます。
ペ:前回の動画では輸液のEbb and Flowについて解説したけど、International Fluid Academy Day (IFAD)はROSEという段階を提案している。すなわち、Resuscitation(蘇生), Optimization(最適化), Stabilization(安定化), Evacuation(排出)だね。日本語で言うと、蘇生、最適化、安定化、排出、といったところだ。なお、図は論文から引用したものを見やすいように改変している。
ペ:基本的な流れは、図のような感じになっている。大雑把な流れを言うと、蘇生の段階で、積極的な輸液療法を行い、適切な血液の環流圧を保ちながら、ショックからの蘇生と是正を目指すことが目標となる。
コ:前の動画で出てきたEbb期のイメージに近いのかな?
ペ:そうだね。この時期には晶質液などの積極的な輸液をしていく。そこから落ち着いてきたら、適正化の段階に入る。これは大量輸液が必要な段階から少し落ち着いてきたタイミングで、急速な輸液までは必要としないけど、水分を加えないといけない段階だね。
コ:イメージ的にはEbb期からFlow期に移行する直前の段階、という感じかな。
ペ:そして、安定化の段階だ。この段階は積極輸液を必要な段階を脱して、水分を除いていく段階、ということになる。水分量は損失を補う程度か、ややマイナスに持っていく感じだね。
コ:ここがFlow期の始まりにあたるのかな?
ペ:そして、最後は安定してきて、余剰の水分を除いていく段階だ。利尿薬や限外濾過で積極的に水分を除いてく。
コ:これがFlow期だね。
ペ:さて、今までの流れでイメージがつかめている人も多いんじゃないかと思うけど、順番に詳しく見ていこう。
ペ:まずは蘇生の段階だ。この状態は今までにもよく出てきたように、受傷によってグリコカリックス構造の崩壊が生じ、血管が拡張するとともに血管外漏出が増加するため、血管内の水分が不足する段階だったね。大量の晶質液などの投与とが必要となる。
コ:第4回の動画によると、ALBIOS試験とARISS試験でアルブミンの投与によってバイタルの安定や、重症症例での死亡リスクの低下が証明されたんだったね。
ペ:正確にはALBIOS試験では敗血症性ショック患者の死亡率を下げる可能性が示唆されたが、ARISS試験では死亡率の改善については結果が出ていない。まあ、バイタルは比較的安定しやすいのは間違いない。アルブミンの投与については否定的な意見も意外と多かったりするけど、自分はバイタルが安定しないなら使用してもいいかな、とは思う。さて、大量というと漠然としているが、論文内では、10~15分かけて3~4ml/kgの投与を目安としている。
コ:単純に計算すると、50kgの人で、1時間あたり600~1200mlといったところかな。
ペ:まあ、これはあくまで目安であって、絶対的なものではない。論文でも必要に応じて繰り返すべき、とあったし、もともと重度の脱水がある場合もあるからね。この段階でできる限りモニターをそろえるといいかな。
コ:どんなモニターが要るの?
ペ:もちろん厳密に見ようと思ったら、スワンガンツカテーテルとかを用意してもいいんだけど、論文中に上がっていたのは、Aライン、心エコー、CVP、血液ガス分析だね。なので、Aラインの穿刺とCVの穿刺をすれば十分、という感じかな。まあ、どっちみち昇圧薬を使うためにCVの穿刺はするのだけれど、CVPに関しては最近指標にならない、という意見も多い感じがする。自分はAラインが入っていると、その波形やPPVなどを参照していることが多いかな。あとは当然臓器障害などを見るために毎日採血を行っていく。BUNクレアチニン比も脱水の指標としては有名だが、このタイミングではあまり当てにならないかもしれない。また、この段階ではやはり血管拡張が問題となるので、通常は血管収縮薬を併用することになる。
コ:具体的には何を使うのかな?
ペ:もちろん心原性ショックの場合は別として、敗血症なら、教科書通りならノルアドレナリンが第一選択、それで不十分ならバソプレシンを使うことになる。
コ:バソプレシンって抗利尿ホルモンだよね?なんでバソプレシンで血圧が上がるの?
ペ:バソプレシンは、vasso、つまり血管を、press、つまり閉める物質として名前がついている。それくらい血管収縮作用が強いものなんだ。なのでこういう時に強い昇圧薬として働く。それで不十分な場合は意見が分かれるだろうけど、自分の場合はアドレナリンの持続を足すことが多いかな。あとは、重症の場合にはステロイドを投与するという方法もある。
コ:何でステロイド?
ペ:まあ、エビデンスとしては微妙だったりするけど、重症のショックからの改善が早くなる、とされている。ステロイドは炎症を抑制することで、グリコカリックスの崩壊を抑制することが知られているから、その影響かもしれない。その理由なので、投与は早い方がいい。
コ:またグリコカリックス!
ペ:ただ、軽症だと逆に有害になる場合もあるようなので、使うとしても重症に絞った方がいいかな。重症でも死亡率の改善には寄与しない、というデータも多いので、迷ったら無理に使う必要はない。
コ:少しややこしいね。
ペ:この辺はまたどこかでまとめられたらな、と思っているけど、今回は輸液がテーマなので、敢えて詳しくは突っ込まないでおこう。さて、明らかな基礎疾患がある場合には、それを解消するための緊急処置を行う。
コ:これはどういうことかな?
ペ:これはショックの原因になるものがある場合にはそれを解消しよう、ということだね。例えば消化管穿孔などが原因であれば、手術で原因を解消しないと敗血症から回復することができないからね。そういったことも含めて、すべての患者には、個別化されたアプローチが必要だ。
コ:結局は患者に応じて臨機応変に対応しようっていうことね。
ペ:次は最適化の段階だ。患者に明らかな循環血液量減少は認められなくなったが、血行動態が不安定な状態が続いている段階だね。急速な輸液までは必要ないが、それなりの水分調整が必要な段階だ。蘇生の段階では血圧を安定させることが最優先だが、この段階に入ると、より長期的な予後を視野に入れる必要がある。蘇生の段階ですでにモニターが用意されているので、それを用いて全身状態を評価していくことになる。ここから、輸液の4つの必須要素を考えながら慎重に行う。すなわち、輸液の種類、投与速度、目的、限界だね。これはTROLと言われる。蘇生の時は結構胴体の安定化が最優先だったが、この段階では組織血流や酸素化などを最適化し、維持することを目的としている。
コ:急性期を脱したら、広い視野で予後を改善させていこうっていうことだね。
ペ:そして、安定化の段階だ。これは読んで字のまま、患者の状態が安定してきた段階だ。この段階での輸液の目的は、水分と電解質の損失を補い、臓器をサポートすることだ。
コ:血圧は安定したから、臓器を保護して予後を改善させようってことだね。
ペ:この時期から、輸液による悪影響を考慮して、水分バランスをゼロか、マイナスに持っていくことを意識しないといけない。
コ:余裕ができてきたら、水分は抜かないといけないということだね。
ペ:かつてデンプンのコロイドを用いた研究では、この安定化の段階に入っても大量に投与されていた。
コ:これどういうことかな?
ペ:論文内で書いてはいなかったけど、恐らく、第5回の動画で出てきたCHEST試験のことだね。
コ:確かヒドロキシエチルデンプンと晶質液を比べた場合、晶質液の方が患者の予後を悪化させるって内容の試験だったね。その時も循環血液量が減少していない患者でヒドロキシエチルデンプンが投与されていた、みたいな注釈はあったけど。
ペ:そうだね。そして今度は安定化の段階、本来輸液を制限しないといけないタイミングで、循環血液量を多く増加させる薬剤を投与したことが記載されているわけだね。
コ:この論文の著者はCHEST試験の結果に否定的なのかな?
ペ:あるいは適正なタイミングで適正な薬剤が使用されていない、という事実があるからこそ、公正な目で見ないといけない、というメッセージを送りたいのかもしれない。この件に限ったことではないけど、統計学はその試験の結果は教えてくれるけど、個別な要因を見ることはできないし、結果の解釈を勝手に広げてはいけないものだ。漫然と使って悪い結果だったのを、「この薬剤は有害である」と解釈してはいけない。ただ、なんとなく統計を見せられて、誰かから結果についての解釈を伝えられたら、やはり惑わされるものだ。そういう意味で、輸液療法というタイミングも投与量もシビアな研究で、きちんとした大規模試験の結果を出すのはとても大変だね。
ペ:さて、最後は排出の段階だ。これは第6回の動画で出てきたFlow期の内容とほぼ変わらないね。過剰な体液を除去することが目的となる。患者が回復するにつれて当然尿が生成されるようになるし、自然と達成されることも多いんだけど、限外濾過や利尿薬が必要となることもある。
コ:限外濾過は透析のことだったね。
ペ:この利尿薬によって微小循環の再構築が促進され、拡散距離を短縮して酸素抽出を改善することが最近示された。
コ:これはどういう意味かな?
ペ:酸素抽出は、組織が酸素を利用する事だね。つまり、酸素抽出の改善っていうのは、組織が酸素を利用しやすくなったことを意味する。
コ:拡散距離が短縮するっていうのは?
ペ:間質というのは、本来毛細血管から組織に酸素や栄養を送るために重要な機構なんだ。そこに過剰な水分があると、毛細血管から濾過された酸素や栄養が希釈されてしまって、届きにくくなることを示しているんだろう。
コ:なるほど。
ペ:さて、今回の講義はここまでになります。
コ:今回は本当に4つの段階についてだけの回だったね。
ペ:基本的な内容は第6回のEbb and Flowの時と変わらなかったと思うんだけど、段階を増やすことで移行期をわかりやすくするようにした、というような印象かな。次回は「外傷と火傷の体液管理」というテーマで講義をしていきます。
コ:それでは
コ・ペ:またね。
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