ペ:ペンギン先生です。 コ:コシロです。 ペ:それでは、前回の続きを話していこうと思います。Intravenous fluid therapy in the perioperative and critical care setting: Executive summary of the International Fluid Academyのレビューの抄読会、今回は9回目だね。今回で最終回となります。 コ:長かった説明も終わりだね? ペ:そうだね。今回は「外傷と火傷の体液管理」がテーマだ。今まではショックと言っても敗血症の色が強かったけど、今回は少し毛色が違うね。特に救急医療で関係しそうな感じだけど、麻酔科や集中治療領域にもかかわってくる話だ。では、早速講義に入っていこう。 ペ:外傷における低血圧は出血性ショックの結果であり、過去には血管内容積を回復させるための輸液として、まずは晶質液が使用され、その後輸血が行われていた。しかし、晶質液は酸素を運搬せず、酸素供給は適切なヘモグロビン濃度によってのみ強化される可能性がある。さらに、大量出血には外傷性ショック急性凝固障害という独特な凝固障害が存在し、トロンビンとトロンボモジュリンに結合の増加と線溶亢進により、血栓形成が阻害される。そのため、蘇生のために濃厚赤血球、新鮮凍結血漿、血小板、クリオプレシピテートの併用投与を積極的に行う必要がある。 コ:クリオプレシピテートって何? ペ:クリオプレシピテートは新鮮凍結血漿を低温で溶かして遠心分離をかけた上澄みを使うもので、凝固因子を豊富に含んでいる。 コ:新鮮凍結血漿をそのまま使うんじゃダメなの? ペ:濃度が高いから投与が迅速になるし、過剰な輸液に気を使わなくていいし、少ない投与量で大量の凝固因子を補充できるし。何より50ml程度だから、溶かす時間が圧倒的に短縮される。なので、大量出血などでも素早く対応しやすい。 コ:じゃあ新鮮凍結血漿は全部クリオプレシピテートにすればいいんじゃないの? ペ:クレオプレシピテートの回収率は50%程度だから、同じ量の新鮮凍結血漿からはかなり凝固因子の量が減ってしまうんだよ。急性出血などで急速投与をする必要が無いなら、新鮮凍結血漿の方が無駄が少ないね。 コ:あくまで大量出血の時に効率よく投与するためのものであって、みだりに使うものではない、ということだね。 コ:このスライドによると、晶質液よりも早期から輸血を使うとよい、という風に解釈されるけど? ペ:うん、大量出血が生じると、第4回の動画で出てきた、グリコカリックスの崩壊が促進されることが知られている。少なくとも血漿の投与がそれを抑制するというデータはすでに示されているようだね。 コ:またグリコカリックス! ペ:また、軍事経験に基づく推奨では、濃厚赤血球と血漿および血小板の比率は1:1:1だ。 コ:確かに軍隊なんかはそういう経験が豊富そうだね。 ペ:そして、ヘモグロビン濃度10g/dL、血小板数50,000以上、INR 1.5未満、フィブリノゲン濃度1g/L以上というエンドポイントは、一般的に推奨しない。 コ:ダメなんだ? ペ:らしいね。あとはイオン化カルシウム値は1.0mmol/L以上でなければならない。輸血をすると、濃厚赤血球の保存のために使われているクエン酸が血液中のカルシウムを消耗してしまうので、積極的補充しないといけない、という話のことだろうね。 コ:輸血にカルシウム製剤はセットなんだね。 ペ:そして、上記は一般的な推奨事項であるが、すべての患者がこのような積極的なアプローチを必要とするわけではない。 実際、過剰な輸血は望ましくない合併症と関連している。 コ:結局やらなくてもいいの? ペ:例えば輸血するほどの出血ではない場合とかだと、輸血のメリットより有害性の方が強く出てしまう。盲目的にやるのではなく、輸血が必要なのかを見定めるように、ということだね。 コ:出血が落ち着く前に輸血が必要かを見定めろって、言うのは簡単だけど、やるのは大変そうだなあ。 ペ:また、トロンボエラストメトリーは現在、外傷における凝固異常をモニタリングする上で不可欠なツールとして認識されている。この装置は凝固の全過程を反映し、特定の凝固因子の必要性をグラフで決定することができる。このような機器は、重症外傷を扱う医療施設における標準的なケアとなるべきだ。 コ:トロンボエラスメトリーって何さ? ペ:日本でもたまに出てきてるけど、やはりなじみがないという人が多いと思う。言うほど私も使ったことがないけどね。トロンボエラスメトリーは右下の図のような装置だ。ここに血液を入れると、機械が凝固過程を解析して、血液凝固のために何が足りないかを推測してくれるわけだ。検体を回転させることで測定するため、回転式トロンボエラスメトリー、つまりROTEMという機種が有名だ。ROTEMは外因系凝固、フィブリン強度、内因系凝固、ヘパリン残存の検出、線溶反応亢進の検出、などの機能がある。 コ:つまり、凝固因子が足りないのか、ヘパリンが残っているのかなどの原因を解析してくれるから、足りないものを補うようにすればいいってことだね。 ペ:そうだね。最近ではTEGやQuantra血液粘弾性分析装置などが出てきていて、手術室に配置している病院もたまに見かけるね。どっちもROTEM同様、「凝固を評価する機械」なんだけど、脱線するし、実際私の使用経験もあまりなくてそれほど語れないと思うので、今回は詳しく触れません。 コ:わかったよ。 ペ:さて、血液凝固というとトラネキサム酸が有名だね。今度はCRASH-2試験の紹介だ。CRASH-2試験は外傷性出血の患者に対するトラネキサム酸の投与が、死亡率や、輸血の必要性、血管イベントに与える影響を評価した大規模な多国籍無作為化比較試験だ。トラネキサム酸の投与によって、全死亡率の低下、出血性死亡率の低下、特に早期治療(受傷から1時間以内)において劇的な死亡率の改善が認められ、3時間以内なら有効性があると示した。一方で血管閉塞性イベントや輸血の必要性に関しては有意差なしと、非常に優れた結果となった。 コ:すごく劇的な結果だね。 ペ:そうだね。トラネキサム酸は多くのプロトコールに取り入れられることになった。 コ:トラネキサム酸には副作用とか無いの? ペ:(一応ソース確認) トラネキサム酸は血栓が溶けないようにすることによって、止血作用を増強するという機序だ。0.1%未満の稀な頻度だが、肺塞栓や脳梗塞などのリスクが出てくることが知られている。例えば心房細動や下肢静脈血栓などの既往がある場合には慎重に使用する必要があるだろう。あとは高用量投与でGABA受容体に作用して、けいれんが生じる可能性がある。トラネキサム酸自体はそこまで副作用が言われないが、似たような作用機序のアプロチニンなんかは、重篤な臓器障害が比較的高頻度で生じることで知られている。また、今回の結果は多国籍無作為化比較試験であり、高度な外傷への対応システムがある場合には有効性は疑わしいようだ。 コ:どういう意味なのかな? ペ:多国籍で試験を行うことは、広い情報を得られるので一見良いことのようだが、各国で医療レベルが大きく異なるので、元々の治療の結果が全く異なるわけだ。例えば怪我をしたらすぐに病院に運ばれて強い止血処置をしてもらえる地域と、病院には運ばれるけど、止血対応まで何時間もかかる地域があるとする。前者の場合はすでに止血されているのでトラネキサム酸は大した影響を与えないが、後者は止血もされていない状態なので、トラネキサム酸の投与で明暗を分けた、という可能性もあるわけだね。ただ、CRASH-2試験の論文を読んでも、イマイチその根拠はわからなかったかな。論文本体には医療技術や国籍などによる結果の違いの記載はなかったので、後でその可能性が指摘されているんだと思う。 コ:現状はよくわからないけど、そういう可能性もあるわけだね。 ペ:最悪、医療技術がない地域では非常に恩恵があるが、医療技術が発展した地域では有害になっていて、全体データで見ると「恩恵がある」という結果になっているだけの可能性もあるわけだね。もちろん、真実はわからないわけだけど。 コ:広く統計を取ることも大事だけど、そういう弊害もあるんだね。 ペ:最後のテーマは熱傷の体液管理だ。熱傷については、熱傷によるショックの病態や生理学的理解、体液再灌流戦略の開発により、この数十年で熱傷治療の転帰は劇的に改善した。しかし、過剰な蘇生処置が罹病率および死亡率の増加につながることが懸念されている。これについてはBaxterとShiresが開発した急性熱傷の治療法が有名だね。24時間かけて熱傷面積(%)×4 ml/kgの晶質液を投与。その後は尿量を見て静脈内の輸液量を決定する。24時間以降は膠質液を使ってもいい、というところだ。これをBaxterの公式と言ったりする。 コ:9の法則とかで有名だよね。 ペ:そう、ただ過去15年ほどで複数の施設から、Baxterの公式に従って輸液をすることで、水分投与が過剰になっていることが報告されるようになってきた。つまり、蘇生後の合併症として、創傷治癒の遅延、胃腸機能の回復遅延、肺水腫、四肢コンパートメント症候群、眼窩コンパートメント症候群、腹腔内圧亢進、多臓器不全につながる腹腔コンパートメント症候群などが報告されるようになったわけだね。 コ:これも今まで出てきている過剰輸液の弊害、というやつだね。 ペ:ただBaxterの公式自体は優れた治療法だし、今後過剰輸液を防ぐための治療法の進歩に期待、というところかな。 コ:少なくとも初期の治療方針を示してくれるだけでもありがたいよね。 ペ:さて、最後に、熱傷の輸液の選択についてだ。まず、生理食塩水。 コ:第3回の動画に出てきたね。晶質液に比べてアシドーシスになりやすく、腎障害などのリスクが上がるんだったかな。 ペ:そう、なので、推奨しない。次にバランス型の晶質液。 コ:これは良さそうかな。 ペ:そうだね。個人的には大量輸液になるし、代謝しなくても重炭酸イオンを供給できる、重炭酸リンゲルが良いかなと思うけど、それが良いというエビデンスは今のところないと思う。まあ、晶質液の種類についてはまたどこかで講義できるといいな。次に人工膠質液、これも推奨しない、となっているね。 コ:これは何でだろう? ペ:論文中ではCHEST試験の他、6S試験が上がっている。 コ:どちらも、敗血性ショックに使うと、HESの方が晶質液より予後が悪くなることを示した研究だったね。 ペ:そうだね。熱傷については具体的な文献が挙げられていなかったけれど、敗血症でダメなら熱傷でも、というところかな。次に考えるのはアルブミンだ。 コ:アルブミンは敗血症性ショックの時は予後を改善するわけではないけど、バイタルを改善させる、という趣旨だったかな? ペ:そう、なので重症熱傷でも蘇生の段階で使用できる、という結論になっている。最後に上がっているのは高張液だ。 コ:高張液?なんで? ペ:私も知らなかったのだけど、使うことがあるらしい。十分なエビデンスは無いし、使うならナトリウムをしっかりとモニターするように、ということだ。 コ:よくわからないし、今まで使っていないならやめた方がいい感じだね。 ペ:まあ見てわかるように、バランス型の晶質液が基本となる感じだね。特に、酢酸リンゲル液で蘇生した重症熱傷患者では、SOFAスコアが低かったという観察研究の結果が報告されている。あとはアルブミンを補助的に使うか、といったくらいだ。 コ:なんとなく予想の付く結果だね。SOFAスコアって何? ペ:SOFAスコアは重要臓器の障害を評価する目的で作成された指標、くらいに思ってもらえばいいかな。表のように、呼吸器、凝固能、肝臓、循環、中枢神経系、腎臓の状態を評価する。高ければ高いほど状態が悪い。 コ:つまり、酢酸リンゲルを蘇生に使った患者では臓器の状態が良かった、と解釈すればいいんだね。 ペ:そういうことになる。やはり現状は晶質液が熱傷治療のゴールドスタンダード、という印象だね。 ペ:さて、これで今回の講義を終了します。お疲れさまでした。 コ:全部で9回、長かったね。 ペ:長いだけではなく、そこそこ中身も詰まっていると思うので、動画を見るだけでも結構疲れた、という人も少なくないのではないでしょうか? コ:怪しいところがあるって人は、もう一度見返してみると理解が深まるかな。 ペ:よろしければまた見直してみてください。次は抄読会にするか通常の講義にするか、まだ決めていませんが、また見てくださったら幸いです。 |