ペ:ペンギン先生です。 ペ:さて、周術期の輸液の過負荷について説明していこう。麻酔及び手術中の臓器灌流を維持するためにはある程度の輸液負荷が必要となる。なので、臓器の血流を保つためにも輸液は大変重要なのだけれど、多すぎると、今度は心筋の仕事量や心臓の圧が上昇する。さらに、輸液により心臓の圧力が上昇する上に、膠質浸透圧まで下がるものだから、組織外に水分が出やすくなり、肺水腫につながる可能性もある。特に腎機能が低下した患者ではこういった症状が出やすいので注意が必要だ。 さらに、過剰な輸液によって、心房の心筋線維が拡張することにより、心房利尿ペプチド(ANP)が循環血液中に放出される。実際に晶質液を急速に注入することによって、ANPの分泌が2,3倍になる、というデータもある。それによって、ナトリウム利尿及びアルブミンの透過性の亢進が生じる可能性がある。 コ:それって悪いことなの? ペ:少しANPについて確認してみよう。これは先ほど出てきたけど、ANPは心房利尿ペプチドと言って心房が進展することによって分泌が促進される物質だ。これによって体の水分調整を行う。 コ:日本発なんだ? コ:そうですか…… ペ:血管に対しては肺動脈楔入圧の低下や中心静脈圧の低下、腎臓に対しては尿量を増加させる、といった作用がある。レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系の抑制や腎保護作用を持つとも言われている。 コ:つまり、肺動脈の緊張を緩めて右心系の圧を下げるし、尿量を増やして水分を取り除きつつ、腎臓も保護してくれるってことね。 ペ:ただし、過量投与すると、血圧が過剰に低下して腎不全のリスクを高めるという話もある。 コ:それは、どの薬剤もそんなもんだよね。今回の論文ではこのANPが悪者扱いされているっていうことね。 ペ:実際、ANPは最近少しホットな話題だったりする。今回の論文でいかにも悪く書かれているのは、ANPの「血管透過性を亢進させる」という性質にある。血管透過性を亢進させる……麻酔科医にとって、かなり嫌な言葉だね。 コ:敗血症性ショックとか、広範囲の火傷とか、その辺のイメージだね。 ペ:何せ血管透過性の亢進によって、血管内の水分が間質に逃げてしまう。それによって循環血液量を保つのが困難になってしまう。麻酔科医をやっていれば、この血管透過性の亢進に苦しめられた機会は1回や2回ではないはずだ。 コ:不倶戴天の敵ってやつだね。 ペ:一方で、麻酔科医はハンプ(カルペリチド)も結構使うんだよね。心臓手術で腎機能が悪かったりすると、割とハンプは選択肢に上がってくる。そこで、少し詳しく見てみよう。 ペ:実は、ANPは発見直後から血管透過性を高める作用があるっていうことがわかっていたんだ。 コ:最近の発見じゃないの? ペ:そう。実はこれについての理解はかなり早い。研究者の優秀さを感じるね。1993年にはWijeyaratneが標識アルブミンを用いた研究で、ハンプ0.025μg/kg/minで投与されている患者において、血管外にアルブミンが漏出することを示している。そして、血管内皮細胞のANP受容体をノックアウトしたマウスではアルブミンの血管外漏出が生じないことを示したんだ。 コ:つまり、ANPが直接作用して血管外漏出を起こしていることを示したわけだね。つまり、ANPが血管外漏出の犯人だっていうのは本当のこと。 ペ:そう。ただし、血管外漏出は生じなかったが、慢性的な高容量性の高血圧が生じることになった。 コ:つまり、「ANPは血管外漏出を起こす悪い物質」ではなく、ANPが敢えて血管外漏出を起こすことで、血圧を調整していた、ということになるのかな? ペ:そうだね。血管外漏出はあくまで生理作用であって、その原因となるからといってANPが悪いということはできない。麻酔科医が憎むほど、血管外漏出が悪いとは限らないっていうことだね。 コ:なるほど、じゃあANPは良い物質なんだね? ペ:近年はANPによってグリコカリックスの菲薄化が生じることが言われ始めており、それが血管外漏出の原因なのではないか、と言われ始めている。これは確かに今まで話した話と一致するね。 コ:グリコカリックスは4番目の動画「晶質液と膠質液~膠質液編~」に出てきたね。 ペ:そう。血管バリア機能の維持、血液凝固の抑制、血管内皮への細胞接着の防止、せん断応力の伝達などに関わる重要な物質だ。それを薄くするんだから、ANPは有害な可能性もいまだに捨てきれないね。 コ:えっ?どっちなのさ? ペ:血管バリア機能を緩めることで敢えて血管外漏出を生じ、血圧をコントロールしている可能性はある。それは事実だろう。でも、グリコカリックスの凝固抑制、炎症のコントロールなどを阻害しているなら、血栓や炎症の原因になっている可能性だってある。一般的には問題は無いのかもしれないし、もしかしたら潜在的な問題があるのかもしれない。それは今後の研究に期待、だね。 コ:まあ、何でも知っているわけではないもんね。仕方ないね。 ペ:さて、次はICUにおける輸液の過負荷についてだ。過剰な輸液は、ガス交換・腎機能・創傷治癒の悪化など、複数の臓器系に有害な影響を及ぼす可能性がある。特に、敗血症などの炎症反応により毛細血管の透過性が変化した状態では、体液過剰が生じやすい。 コ:これは敗血症などで血管外漏出が亢進して、間質に水分が抜けるようになるから、だったね。これもグリコカリックスがやられるせいだったかな? ペ:そうだね。敗血症によってグリコカリックスが崩壊して、それによって間質への水分の漏出が増えることになる。その状態で循環血液量を保つためには、やはり多くの輸液が必要になることとなる。 コ:4回目の動画「晶質液と膠質液~膠質液編~」にも出てきたね。アルブミンを使うことで輸液を減らすことができるんだっけ? ペ:そうだね。死亡率についてはALBIOS試験だと重症例の死亡率を下げる可能性は示唆されたが、ARISS試験では死亡率に有意差は認められなかったんだったね。そして、体液バランスがプラスであることは、ICUに関する複数の研究において、予後不良と関連していることが示されている。特に、敗血症性ショックの患者では、輸液と体液バランスがプラスであることは、それぞれ独立して死亡率の上昇と関連していた。 コ:えっ!?じゃあ敗血症性ショックでも輸液を入れない方がいいってこと? ペ:そういうわけではないかな。敗血症治療についての詳細はまた次の動画とその次の動画に出てくるので、そこで詳細を見てほしい。ここでは「過剰だと悪いこともあるんだな」、くらいでとらえてくれたらいい。 コ:わかったよ。 ペ:大手術後にICUに入院した患者においても、体液バランスは死亡の独立したリスク因子となっており、急性肺損傷患者、ARDSの患者を対象として、体液バランスのマイナスを目指す制限的輸液戦略(PAL-治療)は、良好な結果を示していた。 コ:これはどう解釈すればいいのかな? ペ:大手術後のICU患者については、全身に強い炎症が起こっていると思われるので、個人的には敗血症と同じような内容だと解釈をすればよいんじゃないかと思う。ARDSの場合は血管外漏出が増えている患者で輸液を増やすと、肺への漏出が増えるから、呼吸機能に悪影響を与えやすいっていう解釈じゃないかな。 コ:なるほど。 ペ:一方で、体液バランスがプラスになることは、純粋に医原性の予防可能な問題ではなく、疾患のマーカーである可能性がある。 コ:つまり、敗血症患者で、水分量が多くて亡くなった患者は、水分量が多いから亡くなったんではなく、水分を多く入れないと循環が保てないくらい重症だったから亡くなった可能性があるっていうことかな? ペ:そうだね。そして、不十分な輸液による不適切な蘇生は、特に治療の初期段階において、組織灌流の低下、臓器機能不全につながる可能性がある。これはさっきの「敗血症で輸液を減らすべきなのか」という話につながる。輸液を減らすことにこだわった結果、早期に十分な血流が行かないんでは仕方がない、ということだね。 コ:まあ、当たり前だよね。 ペ:なので、それぞれの必要量に見合った十分な量の輸液を、過剰にならない程度に行う必要がある。 コ:……これは当たり前なんだろうけど、「それが一番難しいんやろがい」って言いたくなるね。 ペ:まあ、結局適正量なんて誰にも分らないから、こうとしか書けないよね。 ペ:というわけで、論文も患者によって必要量や水分状態のベースラインは異なり、年齢、併存疾患、現在の診断など、複数の要因によって異なる。中心静脈圧、肺水、酸素飽和度、ヘモグロビン値などを用いて、どれだけ水分を投与するのかを考慮することが重要である。また、水分の必要量は疾患の経過により刻々と変化するため、定期的に水分バランスを見直し、調整することが大切である。と書いてあるね。 コ:まあ、モニターを見ながら適切な量を投与しなさいよっていうだけの内容だよね。 ペ:そうだね。水分量については様々な指標があるけど、決定的なものはない。これについてはまたの機会に説明させてもらおうかな。 コ:はい。 ペ:また、急性蘇生/救命段階では、水分補給は十分に行われなければならない。水分過剰は常に懸念すべき事項であるが、この段階では正の水分バランスが具体的な目標となる。 コ:これはどういうことかな? ペ:大まかにいうと、敗血症など、重症でグリコカリックスの崩壊が生じ、血管外漏出が非常に多くなっている場合には、大量輸液をためらってはいけないっていうことだね。詳しくはまた次回の動画に出てきます。 【エンディング】 ペ:さて、それでは6回目の講義もここで終了とします。 コ:結局よくわからないけど、適正に輸液をするようにっていう話だったのかな。 ペ:そうだね。まあ、多くても少なくても良くないってしっかりと意識することは大切だよ。「水なんだから大した害はないだろう、とりあえず入れておけ」、みたいな乱暴な意見は避けた方がいいってこと。 コ:まあ、最低限意識することは大切なのかもね。 ペ:かといって恐れすぎても良くないからね。それでは、次の動画でお会いしましょう。次回は「ショックへの対応」というテーマになります。 コ:それでは コ・ペ:またね。 |