ペ:ペンギン先生です。 コ:コシロです。 ペ:それでは、前回の続きを話していこうと思います。Intravenous fluid therapy in the perioperative and critical care setting: Executive summary of the International Fluid Academyのレビューの抄読会、今回は5回目だね。 コ:前回までは晶質液と膠質液、というテーマで説明をしていたね。 ペ:そう。そして今回は「周術期の水分管理」というテーマで説明していきます。レビューの方の6ページ目だね。 コ:4回も説明してまだ6ページなんだ? ペ:まあ、そこはわかりやすさ重視ということで勘弁してください。 ペ:さて、早速講義の方に入っていきましょう。周術期の水分管理の目的は、有効循環血液量を維持しながら、過剰な輸液と脱水を回避する、ということにあります。 コ:多くても少なくてもいけないということだね。 ペ:そう。ただ、手術中はどうしても輸液量も増えるし、細胞外液補充液を投与している関係上、ナトリウムイオンの投与量も非常に多くなってくることが多い。そして、浮腫などの有害な結果につながることがある。また、夜間の絶食や腸管洗浄は逆に体液の欠乏につながる可能性がある。 ペ:そこで術前の水分管理についてだ。最近は術前補水という考え方が広まってきていて、手術の前に水分を摂るようにしている病院が増えてきているように思われる。その目的として、手術の時の輸液を減らすという目的もそうだが、術前の水分摂取不足や腸管洗浄などの手術前の損失や、手術によるストレスによる炎症、出血による損失も考慮しないといけない。そこで多くの研究において、輸液で麻酔導入による低血圧を予防できないかと試みている。しかし、その結果は思ったようにならなかった。 コ:つまり予防はできなかったということかな? ペ:そういうことになるね。 ペ:あと、術前補水という話が出たので、ここで少し補足説明をしておく。昔は、胃の中に水分があると、全身麻酔の気管挿管の操作の際に胃の中身が逆流して気管内に流れ込み誤嚥を生じる可能性があるということで、習慣的に手術の前日の夜から絶飲食としている場合が多かった。 ペ:しかし、2000年頃になって、「水分だけなら胃内にも残りにくいし、数時間前まで水分を摂っても問題がないのではないか」と言われ始め、盛んに研究されるようになった。 ペ:その後の研究で、手術の前に水分を摂った方がむしろ胃内の水分が少なくなる可能性が指摘されたり、食物繊維が含まれない水分であれば90分ほどで胃内に残らないことが示されてきた。 ペ:レビューの方では術前の経口補水というより、点滴からの投与を想定しているような印象だったが、近年は手術の前に水分を摂取するようにしている病院が多いと思う。 ペ:日本麻酔科学会によると、水・お茶・リンゴジュース・コーヒー・オレンジジュースなどは2時間も経てば胃内からなくなるようだね。ただし、果肉を含むものなどは食物繊維が多いので、一般的にはもっと空けないといけない。 ペ:あと重要なのは、母乳は4時間で胃内からなくなるが、牛乳や乳児用ミルクは6時間かかる。なので、乳児の場合、母乳なのか人工乳なのかで絶飲食時間が変わってしまう可能性があるので注意が必要だ。 コ:牛乳は意外と消化が遅いんだね。 ペ:そしてトンカツとか脂質の多い食事は胃内に残る時間が長い。実際には緊急手術などで問題になるけど、8時間くらい消化にかかるので、安全を取るならそれくらいの時間を空けないといけない。 コ:なるほど。 ペ:現実的な方針は病院ごとに異なっていて、従来のように絶飲食を守るべきとする施設もいまだにある。 ペ:あるいはOS-1を規定量なら飲んでいいという病院もあれば、水やお茶なら自由に飲んでよいとする施設もある。この辺はその病院でどの意見が正しいかを検討した結果であって、一概にどの方法が正しいとは言えないかな。 コ:そっかあ。 ペ:ただし、水分制限をしている患者や、消化管の通過障害があるような患者の場合は当然胃内から送れないので術前補水はできないことが多い。 コ:術前補水をしたらどんなメリットがあるの? ペ:術前の経口補水により腸管免疫が、と主張する人もいるが、これは証明されていない印象だね。 ペ:ただ、患者の満足度は間違いなく上がる。全く何も口にできずに放置されるより、水分だけでも取れた方が楽だからね。特に夏とか。 コ:それはそうだね。 ペ:なので、特に医学的な害が無いなら、積極的に経口補水をしていいんじゃないかと思うよ。 コ:なるほど。 ペ:さて、では手術中の水分管理についてだ。昔は大量輸液をするのが良いとされていた時期もあって、必要以上に輸液をされていたこともあった。 ペ:しかし、それによる有害性が知られるようになって、水分を制限した方が良い、という意見が出るようになった。Brandstrup達は水分量を制限することで結腸直腸の手術後の成績が良くなることを示したが、これは5リットル以上の過剰輸液をした場合との比較であって、「過剰輸液よりは絞った方がいい」という結論に過ぎないということが指摘されている。 ペ:その後さまざまな検証が行われて、水分が多すぎても少なすぎても良くない、という結論になっている。 コ:なんか当たり前すぎる結論だね。 ペ:まあ、そうなんだけど、何をもって過剰とするのか、何をもって足りないとするのかは非常に難しいからね。みんなこぞって研究しているところだ。 ペ:さて、手術が終わった後は、体液バランスをプラスにすることを避け、中枢と組織の効率的な血液灌流を目標とすべきだ。 コ:体液バランスをプラスにするってことは、入った量よりも出た量を多くするってことだよね? ペ:そういうことになるね。ただ、元の論文にも根拠となる引用文献はなかった。確かに手術中の麻酔は、麻酔薬による血管拡張や細胞外液補充液の負荷などでやや多くなりがちかもしれないが、炎症などにより要求水分量自体が増えている場合などもあるので、今ひとつ納得できない一文ではある。 ペ:まあ、それは置いておくとして、膠質液は、循環血液量を効率よく増加・維持できるという意味で、晶質液よりも優れている。 コ:これは前の動画で出てきたスターリングの法則のことかな? ペ:そうだね。一方で膠質液には、凝固時間を遅らせる、腎障害のリスクを高めるという欠点があると言われている。 コ:これは本当なの? ペ:これについては実際いろいろ言われているね……。膠質液の投与で血液が希釈されることによって凝固能が低下する、というのはイメージしやすいかもしれないが、フィブリン形成の阻害や、血餅の濃度低下、尿細管への蓄積による腎障害などが報告されている。 ペ:まあ、後でまた少し触れるので、いったん置いておこう。 コ:はい。 ペ:前述の循環血液量を増加させる作用によってか、著明に循環血液量が減少している患者においては、膠質液は晶質液よりも心臓の拡張期圧および心機能の改善に優れていた。 ペ:そして、それに関連して、血管収縮薬や人工呼吸器への依存度を低下させた。 コ:循環血液量が増えることで、血圧が維持しやすくなったから、昇圧薬がいらなくなったってことかな?人工呼吸器への依存度が低下したっていうのは? ペ:血液に水分が残りやすい分、間質に水が行きにくくなるので、肺水腫や痰の増加など、人工呼吸器への依存度を増すような病態が減った、ということだろうね。 コ:そうかあ。 ペ:ここで、代替血漿液について解説が入っている。代替血漿液とは、人工的に合成された、膠質浸透圧を高める輸液だ。 コ:アルブミンのようなものを人工的に作ったってことね? ペ:そう、しかし、この場合はデンプンが使用されている。ヒドロキシエチルデンプン(HES)、通称HESと呼ばれるものが代表的だね。 ペ:先ほど少し触れたように、HESについてはたびたび有害性の議論が出てくる。ある研究において、HESと晶質液の間で、死亡率、腎代替療法割合、感染症に関して有意差なしというデータがある。ただ、結論を出すには小規模だったね。 ペ:そこで2012年に出てきたのが、有名なCHEST試験だ。 コ:有名なんだ? ペ:いろんな意味でね。CHEST試験は、重症患者に対して、HESと晶質液が与える影響を検証した、多施設無作為化試験だ。 ペ:その結果、HES群において死亡率の上昇や腎代替療法の必要性増加が見られ、HESの危険性を示す研究として非常に有名になった。 コ:確かに、死亡率や腎代替療法の頻度の増加とか、重症な転帰の患者が増えるとなると、なかなか使いにくいよね。 ペ:一方で、ICU入室患者に限定されていたこと、HES投与群と晶質液投与群で管理に違いがあった可能性、HESの用量の検討が不十分だったことなどの批判もある。 ペ:さらに、循環血液量減少症ではない患者にHESが投与されていたことも問題だ。 コ:つまり、実験内容が適切じゃなかった可能性があるということ? ペ:そもそも晶質液と膠質液は薬液としての性質が異なるので、一元化した研究は難しいのは事実だ。 ペ:同じ容量を投与した場合、晶質液だったら足りないし、膠質液だったら多すぎるなんてことは普通に起こり得るからね。 ペ:ただ、循環血液量が減少していない患者に、血管内容量を保つ成分を与えるというのは、また穏やかではないかな。 コ:お腹いっぱいの人にお菓子を食べさせて、お腹を壊したら「このお菓子はお腹を壊す」とクレームをつけるようなもんだもんね。 ペ:そう。輸液を投薬の一種と考えて副作用を検証するなら、当然適正使用がされているかを検証する必要があるのに、それが無いのはおかしい感じがするね。 ペ:さて、なのでここでは終われない、ということで、CRISTAL試験、FLASH試験が行われている。 ペ:CRISTAL試験はICUに入室したショック患者を対象に、膠質液と晶質液による輸液の予後への影響を調べた多施設無作為化試験だ。 ペ:重症敗血症患者の初期再灌流において、HESと生理食塩水では有害事象に差はなかったが、血行動態の安定化に必要な輸液量はHESの方が有意に少なかった。 ペ:FLASH試験でもほぼ同様の結果が出ている。 コ:つまり、同じような結果だったわけだね。でも比較対象が生理食塩水なんだ?生理食塩水って、3個目の動画で死亡率の上昇や新規腎代替療法割合の増加とかで、バランス型晶質液を使った方がいいって結論になっていなかったっけ? ペ:そうなんだよね。そこで行われたのが6S試験だ。 ペ:6S試験は、HES製剤の、重症敗血症および敗血症性ショック患者に対する有効性を検討したものだ。対象は集中治療室(ICU)に入室している患者だね。 ペ:この試験によると、HES群では90日間の死亡率が51%であり、リンゲル乳酸液群の43%に比べて有意に高かった。 ペ:HESの過剰投与の指摘はあるものの、結果的に「敗血症には晶質液を用いるべき」という意見を支持する結果となった。 コ:やっぱり晶質液の方がいいのかなあ。 ペ:個人的には「どちらが良いか」よりも、「どのような状況で使うと予後が改善するか」を考慮する必要があると思う。 ペ:でも、現状の試験では批判もあるものの、ショックに対するHESの使用は推奨されないという状態になっている。 ペ:さて、話は大きく変わって、次はTOPMAST試験だね。こちらは術後維持に用いる晶質液の話だ。 ペ:手術を受けた患者の多くは術後しばらく食事や水分を摂れない。なので、輸液で体の水分を維持する必要がある。 コ:1回目の動画に出てきたね。維持液を使うのかな? ペ:そう。従来は維持液を使うのが普通だった。 ペ:しかし、小児の文献では、低浸透圧の維持液が低ナトリウム血症を引き起こすという報告があった。 ペ:そこで行われたのがTOPMAST試験。これは、術後の維持におけるナトリウム含有量が、輸液量や電解質に与える影響を明らかにすることを目的としたものだ。 ペ:その結果、胸部大手術を受ける成人患者において、等張維持液では累積体液量がかなり多くなることが明らかになった。 コ:等張維持液って、細胞外液補充液のことだよね? そっちの方が多くなったんだ? ペ:うん、ちょっと意外な結果ではある。 ペ:麻酔科医はどうしても循環血液量を重視しがちだけど、濃い塩水を飲んだら逆に喉が渇いて水分を多く摂ってしまうように、細胞内へ十分に水が行き渡らないと、体は逆にもっと水分を要求する、というメカニズムがあるのかもしれないね。 ペ:ただ、それによって有害性を示しているわけではないことには注意が必要。 ペ:さて、それでは5回目の講義もここで終了とします。 コ:次回はまた違う話なの? ペ:そうだね。似た内容だけど、次回は輸液の過負荷について話します。海辺のカフカならぬ、輸液の過負荷ってね。 コ:…… ペ:すいません、調子に乗りました。また次回の動画でよろしくお願いします。 コ:それでは コ・ペ:またね。 |