ペ:ペンギン先生です。 コ:コシロです。 ペ:それでは、前回の続きを話していこうと思います。Intravenous fluid therapy in the perioperative and critical care setting: Executive summary of the International Fluid Academyのレビューの抄読会、今回は3回目だね。 コ:前回は「晶質液と膠質液」について話してたんだよね。 ペ:そう、そして今回はその続きとして、敢えて「晶質液と膠質液 ~晶質液編②~」としています。 コ:あれ?晶質液編②って、膠質液の話は? ペ:…… コ:ねえ? ペ:「晶質液と膠質液 ~晶質液編②~」の講義をしていきます。 コ:はあ、もうしょうがないなあ。 コ:前回はバランス型輸液とアンバランス型輸液について説明したんだよね。バランス型輸液はリンゲル液など、生体の電解質バランスに近づけたもの、アンバランス型輸液は、生理食塩水のように浸透圧は合っているけど、生体内の電解質バランスとは大きく異なるもの、だったね。 ペ:そう、そして輸液の種類や状況、量、期間などで結果が変わることがあるから注意が必要だよっていうこところで終了していた。 コ:終わるタイミングが少しあざとい感じもするね。 ペ:本当はキリのいいところで区切りたかったんだけど、なかなか区切るタイミングが無かったんだよ。なので、時間的にちょうどよく分けられそうなタイミングを探した、ここになりました。特別な意図はございません。 コ:まあ、そういうことにしておくよ。 ペ:さて、前回の動画で少し出したのだけど、アンバランス型輸液であるところの生理食塩水は、塩素イオンが多く、有機酸などは入っていない。このスライドは日本でよく使われる細胞外液補充液の成分を並べたものだけど、明らかに違いがわかると思う。 コ:確かに他のは塩素イオンが115以下なのに、生理食塩水は154と、明らかに高くなっているよね。 ペ:ナトリウムも多いんだけど、この塩素イオンの多さがまたくせものだ。 コ:何が問題なの? ペ:血液中の主な陰イオンは重炭酸イオンと塩素イオンだ。そして塩素イオンが多いということは、重炭酸イオンがその分希釈される、ということにつながる。そして重炭酸イオンは血液を弱アルカリ性に維持するための重要なイオンだ。なので、重炭酸イオンが減少するということは、アシドーシスにつながっていく。 ペ:さらに、塩素イオンが上昇することはそれ自体問題になる。というのも、塩素イオンを投与すると、腎臓の血流が減少するんだ。実際、健康ボランティアに生理食塩水を投与すると、腎動脈の血流や尿量を減らして間質液の量を増加させた、という研究がある。これは尿細管糸球体フィードバック機構が原因、という風に考えられている。 コ:尿細管糸球体フィードバック機構って何?なんでそれで尿量が減るのさ? ペ:左に腎臓の構造を書いてみた。腎臓では、腎動脈から分岐した輸入細動脈という血管が糸球体という血管が集まった構造に入ってくる。この時血圧を原動力に、尿の成分が糸球体から濾過されてボーマンのうという袋の中に流れ込むんだ。これを原尿という。原尿は近位尿細管、ヘンレのループ、遠位尿細管を経て集合管に移動する。 コ:それは聞いたことあるね。 ペ:この遠位尿細管の出口あたりに、マクラデンサ細胞という細胞が存在している。 コ:マクラデンサ細胞は聞いたことないなあ。 ペ:マクラデンサ細胞は遠位尿細管の中の塩素イオン濃度を監視している細胞なんだ。塩素イオン濃度が上がると、マクラデンサ細胞は、「尿が濃くなっている、つまり水分が足りていない、それなら血管内に血液を残すために腎臓の血流を減らして水が抜けないようにしよう」と判断して腎臓の輸入細動脈を収縮させる。 ペ:逆に、塩素イオンの濃度が下がると、マクラデンサ細胞が輸入細動脈を拡張させて腎臓の血流を増やしてくる。 コ:つまり塩素イオンを基準に体内の水分量を予想して、腎臓の血液の量を調節するのがマクラデンサ細胞なんだね。 ペ:そういうことになる。ただし、マクラデンサ細胞はあくまで「遠位尿細管内の塩素イオン」を感知するものであって、血液中の塩素イオン濃度が上昇しても反応しないことがわかっている。 コ:それが重要なの? ペ:重要だよ。だって、血液中の塩素イオン濃度が上がったからと言って、マクラデンサ細胞が働くとは限らないっていうことだからね。 コ:ん? ペ:つまり血液中の塩素イオン濃度が上がっていても、それが尿細管で吸収されて、遠位尿細管まで届かなれば、マクラデンサ細胞は腎血流を減らさないっていうことになるからね。採血結果からマクラデンサ細胞の挙動を一概に言うことができなくなる。 コ:よくわからないなあ。 ペ:まあ、今はマクラデンサ細胞は遠位尿細管内の塩素イオン濃度に反応するということだけ覚えておけばよいと思う。 コ:わかったよ。 ペ:さて、では実際にはどうかというと、イギリスのある観察研究で、腹部手術患者に晶質液を使用した場合、生理食塩水と比較して、透析を必要とする腎不全患者が有意に減少した、というデータがある。この研究で使われている輸液はプラズマライトっていう輸液だね。 ペ:成分については前に出てきたとおりだ。左から4番目の赤い四角で囲まれているやつがそうだね。strong ion differenceが強めで塩素イオン濃度がかなり低いのが特徴だ。strong ion differenceについては前の動画を参照してほしい。 コ:また宣伝なんだ。 ペ:まあ、それはおいておいて、晶質液が透析のリスクを減らす、というデータはそれなりにインパクトがあるね。 コ:さっき出てきた尿細管糸球体フィードバック機構が原因で腎血流が減少して腎不全につながった、という説明ができるね。 ペ:そういうことになる。さらに、生理食塩水は血液よりわずかに高張液なので、バソプレシンの分泌も促進される。それによりナトリウム排泄が低下して浮腫になる可能性がある。 コ:バソプレシンで腎不全になるの? ペ:一般的にバソプレシンの少量投与で腎機能の低下は認められない、というのが定説だね。ただ、高用量だと腎血流を減少させる、という話はある。まあ、高張液が少し入ったくらいで腎血流を減らすほどのバソプレシンが分泌されるかはわからないけど、尿量が減少するのは事実だし、だからこの論文では浮腫の方を書いてあるんだろう。 ペ:さらに、生理食塩水によって健康ボランティアで腹部不快感を認めており、腸管の血流が低下していることがわかっている。 コ:腸管血流が減る原因についてはわかっていないのかな? ペ:このレビューの中には記載はなかったけど、例えば脳室が高張になることで交感神経系が興奮して腸管血流を下げる可能性はあるし、バソプレシンが過剰分泌されたらそれが原因で腸管血流が減る可能性もある。 ペ:あるいは生理食塩水によるアシドーシスが交感神経を……まあ、これだけだと原因ははっきりわからないね。とりあえず、生理食塩水の投与で腸管血流が減少したというデータがあるようだ。 コ:なるほど。 ペ:じゃあ、実際的に生理食塩水の投与がどのような影響を与えるのかについて検証した大規模データを見てみよう。まずはSPLIT試験だ。これはバランス型輸液とアンバランス型輸液を検証した初の大規模ランダム化試験の論文だ。 ペ:バランス型輸液としてプラズマライトが使用されていて、アンバランス型輸液として生理食塩水が使用されてる。対象は集中治療室に入室している患者となっている。その結果、急性腎障害の発症率には有意差を認めないことがわかった。 コ:生理食塩水でも別に腎障害が増えなかったんだ? ペ:ただ、バランス型輸液の群でもアンバランス型輸液の群でもランダム化する前の初期対応で晶質液が投与されていて、結果に与えられた可能性もあることが指摘されている。 コ:じゃあ、結果は信用できないのかな? ペ:いや、生理食塩水が有害だと考えるなら、その前に晶質液が投与されたかどうかは関係ないはずだ。なので、これはこれで重要なデータだと思う。 ペ:ただ、初期対応で生理食塩水を使っても大丈夫か、を示していないことに留意しないといけないね。 コ:なるほど。 ペ:そして、そのあとに行われた研究で有名なのがSMART試験だ。これは単一の学術センターの5つの集中治療室で実施された大規模研究だ。 コ:同じ学術センターで行われたことって重要なの? ペ:ある程度方針が似ていることが多いから、研究の条件が合っているって意味では重要だね。より情報の信憑性が高い、ということになる。 ペ:この試験では15000人以上の患者に対してランダム化試験が行われている。バランス型輸液としては乳酸リンゲルまたはプラズマライトが使用されている。アンバランス型輸液としては変わらず生理食塩水だね。 ペ:中央値1L/dayだけの少量投与だったが、バランス型輸液の群で有意に死亡率、新規腎代替療法割合、恒久的な腎機能障害の割合が低下していた。 コ:つまり、生理食塩水の投与で死亡率も上がったし、腎機能障害も起こりやすくなったってことなんだ? ペ:そして、SALT-ED試験だ。これはSMART試験の著者と同じ著者によって行われた同様の試験だ。バランス型輸液も乳酸リンゲルまたはプラズマライトだし、アンバランス型輸液は生理食塩水だ。 ペ:ただし、今回は対象が集中治療室ではなく、救急治療は受けるが集中治療室には入室しない患者を対象にしている。 コ:つまり、SMART試験よりは軽症の患者ってことだね? ペ:そう。にもかかわらず、結果は変わらなかった。 コ:つまり、生理食塩水の投与で死亡率も上がったし、腎機能障害も起こりやすくなったってことだね。 ペ:そうだね。SPLIT試験と打って変わって、生理食塩水の有害性を証明する研究となってしまった。 ペ:バランス型輸液のまとめとして、生理食塩水を避けて晶質液を使用するだけで代謝性アシドーシスと過剰な塩素イオン負荷を避けられる。塩素イオンの過剰投与によって、低用量でも腎臓に有害な影響を与える可能性がある。 ペ:これらの結果を加味すると、特に大量投与の場合にはバランス型の晶質液を選択する方が良い、という結論になる。今回は何らかの試験が挙げられていたわけではないが、理論上低ナトリウム血症や低クロール血症の場合には生理食塩水が有効な可能性がある。 ペ:しかし、そういった明確な理由がなく生理食塩水が使われるとしたら、それは生理食塩水は安いっていうのが理由になる。 コ:そんなに変わるの? ペ:例えば現在の日本で言うと、最新の薬価で生理食塩水、例えば大塚製薬の大塚生食注500mlバッグは236円、一方でフィジオ140は212円、ソルアセトFが191円…… コ:生理食塩液が一番高いじゃない。 ペ:あれ? コ:どういうことなのだ? ペ:重炭酸リンゲルのビカネイトは288円だから生食よりは高いよ。 コ:それでも、他の輸液製剤を比べて安い方じゃないじゃない、どういうことさ? ペ:……物価変動が激しい場合は、このように薬価が逆転することがあるらしいよ。 コ:つまり、言うほど安くないってことね。 ペ:10年近く前に調べたときはリンゲル液150円、生食100円とかだったんだけど、知らない間に随分と値上がりしたなあ。 ペ:まあ、それでも言うほど価格に違いがあるわけではないし、特別な事情がない限りはリンゲル液を使った方がいいだろうね。 ペ:まあ、それはとにかく、何らかの事情で生理食塩水を使う場合には、血液中の塩素イオン濃度を測定することで適切な輸液を選択できる、という風にこのレビューはバランス型輸液については締めくくっている。 コ:つまり、やむを得ず生理食塩水を使うにしても、採血で塩素イオン濃度が上がっていたら、やめようねっていうことだね。 【エンディング】ペ:さて、それでは、3回目の講義はここまでとします。 コ:やっぱり今回は膠質液の話が無かったんだ?それにしても、毎回1,2ページしか進まないね。 ペ:考えてみたら注釈を除いて15ページくらいしかない論文を9回に分けて講義しているので、まあそれくらいのペースが妥当かな、という気がしなくもないね。 コ:9回というのが多くないかな? ペ:話すだけなら3回くらいで話すことはできるけど、注釈や解説を加えるとどうしてもそれくらいの長さになってしまうね。 ペ:まあ、読むだけ読んで聞いている人は良くわかりません、では何の意味もないし、それについては勘弁してもらうしかないかな。 ペ:それだけ元の論文に中身が詰まってるっていうことで。 コ:仕方ないなあ。 ペ:なので、この動画を見ている方も、聞いていてわかりにくい、などがありましたらまた教えてください。 ペ:次は、膠質液の話に入っていきます。まあ、膠質液の中でもほぼアルブミンかな。 コ:それでは コ・ペ:またね。 |