ペ:こんにちは、ペンギン先生です。 コ:コシロです ペ:今回は、輸液に含まれる糖について説明していきます。 コ:前回の講義では、生理食塩水やリンゲル液について説明していたんだったね。 ペ:そう、前回の講義では、細胞外液補充液の種類について説明したね。ただ、輸液製剤の種類を選択するにあたって、もう一つ重要な要素がある。それが、糖分だ。 コ:輸液製剤には糖分が含まれているものと含まれていないものがあるよね。 ペ:そう、例えば輸液製剤によっては、ヴィーンF、ヴィーンD、ソリューゲンF、ソリューゲンGなど末端にアルファベットが書いてあるものがある。DはDextrose(ブドウ糖)、GはGlucose(ブドウ糖)の意味で、いずれもブドウ糖を意味する。つまり、「製剤にブドウ糖を入れていますよ」と示しているわけだ。一方でFはFreeでブドウ糖が含まれないことを意味する。 コ:製剤の名前になるくらい重要ってことだね。 ペ:他にもSやRなどの記号を使っていることもあるが、手術室ではまず使わないので省略しよう。今回はブドウ糖を含む細胞外液補充液について、詳しく説明する。ブドウ糖の濃度は、大体フィジオで1%、その他の糖を含む輸液で5%になっている。これって、量としてはどうかな? コ:輸液製剤が500mlとして、1%なら5g、5%なら25gということになるね。5gなんて大したことないんじゃない?でも、25gまでいくと、結構多いかな? ペ:少し計算してみよう。人間の血液は65kgの人で5リットルだ。一方で血糖値は大体100mg/dLだから、単位を変換すると、0.1g/dLとなる。これは1g/Lと等しい。つまり、65kgのヒトの血糖は全部で、いくつになるかな? コ:1g/L × 5リットルで、5gということになるね。 ペ:そう、つまり、フィジオ 500mlには、人間の血糖をすべて合わせたのと同じだけのブドウ糖が入っていることになる。つまり、仮にフィジオを一瞬で血液中に流し込むと、それだけで血糖値が理論上、200mg/dLまで上昇することになる。もちろん、糖分は順次間質にも移動するし、代謝されていくものの、急速投与によって、血糖値が急激に上昇する、という事実は非常に重要だ。 ペ:まして、ヴィーンDには25gも糖分が含まれている。ヴィーンDやソリューゲンGを使っている手術室を、私は見たことがないが、仮に病棟から移動してきたときにこれらの薬剤がつながってきていて、何も考えずにそのまま使用していると、知らないうちにとんでもない高血糖が生じている危険性がある。万一500ml急速投与したら、理論上血糖値が600mg/dLまで上昇するということだからね。また、浸透圧も高いから静脈炎も起こしやすい。 コ:糖分の投与はどれくらいなら許されるのかな? ペ:添付文書的には0.5g/kg/hrという基準はある。ただ、日本栄養治療学会は、通常時で5mg/kg/min以下、侵襲時で4mg/kg/min以下にすべき、としているね。小児だともっと多めに設定しているようだけれど。この値は血液中の糖質を処理する限界を示している。4mg/kg/minの方を基準に考えるなら、50kgの人、1時間当たりでフィジオなら1200ml、5%のブドウ糖液なら240mlまでは許される、ということになる。それを超えるなら高血糖のリスクは非常に高くなる。 コ:こう見ると超えるか超えないか、微妙なあたりだね。 ペ:まあ、急速輸液をしなければ、簡単に超えることはないだろうけど、状態によってはもっと少ない量でも重度の高血糖になる可能性はあるし、急に糖の投与を終了すると、逆に低血糖になるリスクもあるから注意が必要だ。 コ:それなら、もし急速に輸液をする場合には、糖分を含まない方がいいということになるのかな? ペ:そう、例えば前回の講義で、重炭酸リンゲルは急速投与をしてもアシドーシスになりにくいという話をしたと思う。そして、重炭酸リンゲルは急速投与が前提の薬剤だという話もしたはずだ。なので、糖分が含まれた重炭酸リンゲルは存在しない。 コ:急速投与を前提にしているから、高血糖を起こさないように、敢えて糖分を入れていない、ということだね。 ペ:そう、輸液製剤には投与の目的があって、それに合うように成分がつくられているということだ。このように、糖分の過量投与は常に意識しながら輸液をしないといけない。大まかにいうと、基本は以下の通りかな。 ① 大量投与をする可能性がある:糖分を含まない細胞外液補充液 ② ゆっくり投与する:好きな細胞外液補充液 ③ その中間:フィジオ140または糖を含まない細胞外液補充液 コ:こう見ると、糖分を含まない方が、万能に使えていいんじゃないの?そんなリスクを押してまで、糖分は入れないといけないのかな? ペ:これについては意見が分かれるところだね。まず、糖分が不足すると低血糖のリスクにもなるし、糖新生やタンパク質の異化が促進されるから、必要という意見がある。特に以下のような場合は、糖を含まなければ低血糖を生じる可能性が高いので注意が必要だ。 ① 糖尿病 ② 小児(特に乳児以下) ③ 栄養不良患者 ④ 肝不全・肝型糖原病などの肝疾患 ⑤ 敗血症・感染症 ペ:全身麻酔中に低血糖になると、脳障害などの重篤な合併症につながる可能性があるし、特に長時間になると筋肉が分解されて筋萎縮などの原因になりやすい。ただ、健康な人の短時間の手術なら、そのリスクも低いし、高血糖のリスクとどっちをとるかだね。私の意見としては、手術時間が短く、全員状態が良いなら糖を外してもよい、くらいに思っておくべきだと思う。 コ:じゃあ、逆に糖分が多かったら何が問題なのかな? ペ:高血糖は、多すぎると浸透圧利尿による電解質異常や脱水の原因になるし、感染症リスクの上昇や創傷治癒の遷延にリスクとなる可能性も指摘されている。特に敗血症などでは予後が悪化するとされていて、血糖コントロールは重要だとされているね。 コ:血糖値が上がったくらいで感染や創傷治癒の悪化が増えるなんてことはあるのかな? ペ:血管の内側はグリコカリックスという構造物が覆っているが、この構造は陰性に帯電して間質へのアルブミンの移行を防ぐ、表面構造のへパラン硫酸により血液凝固を防ぐ、好中球が血管壁に接着するのを防止することで炎症反応を制御する、一酸化窒素を分泌して血管を拡張させることで血圧を調整する、など多彩な機能を持っている。このグリコカリックスが、高血糖によって薄くなることが証明されているんだ。 コ:グリコカリックスは輸液に関するオンライン抄読会の第4回に出てきたね。 ペ:その内、特集を組みたいと思っているが、現時点で一番詳しく説明しているのはその講義だね。つまり、高血糖がグリコカリックスを薄くするということは、高血糖により間質浮腫や血液凝固、炎症反応の増悪、血圧調整能の低下につながる、ということになる。なので、炎症が悪化したり、間質浮腫による創傷治癒の遅延が起こっても、全くおかしくないね。特に敗血症によってグリコカリックス構造が強く抑制されるので、さらに高血糖まで重なると予後が悪くなっても不思議ではない。 コ:なるほど……。 ペ:より繊細に管理するには適宜血糖値を測って調整をするとよいんだけど、実際的にはそこまで厳密に管理するのは、リスクが高い場合だけだと思う。たとえば、点滴が1本ならある程度急速投与が可能なフィジオを使うことが多いし、点滴が2本あるなら片方は糖を含む輸液にしてゆっくり投与し、もう片方は急速投与できるように糖分を含まない輸液を使う、という風に使い分けていることが多いんじゃないかな。なので、出血が多くて大量に輸液や輸血をする可能性があるなら、点滴は2本あった方が安全、ということになる。 コ:状況によって使い分けないといけないんだね。 ペ:それでは、今回の講義はこれで終了とします。 コ:前回に比べたら短めだね。 ペ:元々、前回の講義にまとめようと思っていたんだけど、あまりに長くなるから分割した、という経緯だからね。輸液に含まれる糖については、意外と軽く見られることもあるけど、実際低血糖などの報告はあるし、油断すると怖いところではある。最近はフィジオの登場によって、普通に輸液するだけでもある程度の糖の補充が可能になったから、こういったトラブルは減ってくると思うけど、リスクの高い患者では依然として注意が必要だ。 ペ:細胞外液補充液の選び方についての基本知識について説明したから、次回は輸液量について確認していく予定だ。この辺りが一番関心が高いところかもしれないね。 コ:また次回もよろしくね。 |