ペ:こんにちは、ペンギン先生です。 コ:コシロです ペ:今までの講義で、手術室でよく使う細胞外液補充液の種類と投与量について確認した。より実践的な方法を紹介したかったため理論は後回しにしていたけれど、今回の講義で輸液の基本理論を紹介して、その上で、その他の輸液製剤についても確認していきたいと思う。 コ:論理的に学ぶことで応用できるようにしようってことかな。 ペ:そういうことになる。ただ、基本理論はとてもわかりやすいけど、厳密に言うと色々とおかしいところがあるから、注意が必要だ。なお、今までの講義は手術中の輸液の管理を中心に語ってきたけど、今回は救急なども含んだ、一般論も話します。また、今回の講義から、細胞外液補充液のことを、救急や麻酔の現場でよく使われる、晶質液という表現に変更します。 ペ:さて、まず水分の分布についてだ。水分は細胞内と細胞外に2対1で分布している。そして、細胞外液は、間質と血管内に3対1で分布している。 コ:つまり、血管内は全体の12分の1というわけだね。 ペ:基本的に、このように「細胞内」「間質」「血液」の3つの区画で考えて、水分の移動を考えることになる。まず、細胞膜は半透膜でできていて、水分を通すことができる。しかし、安定している状態では細胞内と細胞外の浸透圧は等しくなっているので、水分の移動は起こらない。なので、晶質液を投与すると、水分は細胞外のみに分布することになる。 コ:そういうことになるね。 ペ:なので、晶質液を投与すると、細胞外の、このスペースのみに分布することになる。一方、これだと細胞への水分の供給ができない。でも、細胞に水分を供給するためにと、純水を注射してはいけないのはわかるよね? コ:純水を入れると、溶血することになるね。 ペ:そう、それを避けるために考えられたのが、5%ブドウ糖液だ。ブドウ糖は、注入された直後は浸透圧を持つので、溶血を起こさないが、代謝されると二酸化炭素と水になるから、最終的に水を投与したのと同じことになる。 コ:何で5%なの? ペ:血液の浸透圧が280mOsm/Lで、5%ブドウ糖液は浸透圧が278 mOsm/Lだからだね。5%ブドウ糖液は、投与された直後の浸透圧にほぼ等しいため、血液などへの影響が最小限となる。これより薄いと溶血の危険性があるし、濃くなると血管炎のリスクになる。なので、ブドウ糖液は5%というのがベストな濃度になっているんだ。 コ:浸透圧が高すぎるのも、もちろんよくないんだね。 ペ:そして、5%ブドウ糖液を投与すると、図のように水分が分布する。 コ:細胞内も含めて、全体に綺麗に分布するね。 ペ:そう、このように、血管内に投与する薬剤として、晶質液と5%ブドウ糖液の2種類ができた。晶質液は細胞内に移動せず、血管内に効率よく水分を届けることができる。5%ブドウ糖液は細胞内に水分を供給できるけど、血管内には入れた量の12分の1しか残らないことになる。なので、血管内に水分を補充したければ晶質液を、細胞内に水分を補充したければ、5%ブドウ糖液を投与する、というのが原則だ。 ペ:ただ、細胞内にはほぼ水分を供給しない晶質液と、細胞に水分を供給できるけど血管には全然残らないブドウ糖液と、どっちも極端な性質を持っていて使いづらい場合もあるだろう。ほどほどに細胞に水分を供給して、ほどほどに血管に水分を補充したい、という時だってあるだろう。そのためにはどうすればいいだろうか? コ:混ぜればいいんじゃない? ペ:そう、では一番簡単に思いつく混ぜ方は、どんな感じかな? コ:半々だろうね。 ペ:そう、誰でも思いつく1対1の配合が1号液だ。これは細胞内と細胞外にほどよく水分を分配してくれる。 コ:1号液の他は? ペ:1号液から4号液まで存在しているね。配合は大まかに以下の通りだ。数字としては非常に覚えやすいんじゃないかな。 コ:どう使い分けるのかな? ペ:まず、晶質液は血管内に効率よく水分を分配したい場合に用いる。出血やショックなど、循環血液量が低下した病態に使いやすい。手術の時は、出血や血管外漏出、麻酔による血管拡張などで循環血液量が不足することが多いので、晶質液が好んで使われるね。 コ:確かに今までも晶質液の話ばかりだったよね。 ペ:そして、細胞内の水分が足りない時は、5%ブドウ糖液を使うのが原則だ。以前は細胞内脱水や細胞外脱水という風に、どこの水分が不足しているのか、という分類がよくされていた。 コ:今は違うんだ? ペ:少し脱線するけど、ついでに脱水の理論を説明しよう。細胞は体液としか接触していないので、細胞内の水分の多い少ないって、全身の水分ではなく、間質や血液の浸透圧だけで決まるんだ。 ペ:さて、計算上、血液の浸透圧はナトリウムイオン濃度×2+血糖値÷18+尿素窒素濃度÷2.8で概算できるが、尿素窒素は細胞内に入り込むため、細胞内外の浸透圧は、ほぼナトリウムイオン濃度×2+血糖値÷18で決まることになる。 ペ:浸透圧を10上げるために、ナトリウムイオンは5上がるだけで達成するのに、血糖値は180も上がらないといけないし、血液の浸透圧の変化には、ナトリウムイオンの関与が大きい。つまり、細胞内の脱水は、血液中のナトリウムイオン濃度に直結する、と言い替えてもいい。 コ:つまり、細胞は体液の浸透圧の影響しか受けないし、体液の浸透圧はほぼナトリウムイオンの影響で決まるから、細胞内の水分の量は体液のナトリウムイオン濃度で決まる、というわけだね。 ペ:そう、細胞内にどれくらい水分があるのかを直接調べることは難しいが、ナトリウムイオン濃度を測定すれば、それだけで細胞内にどれだけ水分があるのかが簡単にわかるわけだ。 コ:つまり、採血するだけで、細胞内の水分の量がわかる、と考えると、とても便利だね。 ペ:そして、以前は細胞内脱水と細胞外脱水、という風に分類して、どちらの水分が不足しているのかを意識しよう、と考えていたわけだ。ただ、現在ほど気軽に検査できていた時代でもなかったので、一部ミスリーディングがあった。 コ:ミスリーディング? ペ:そう、例えば、ツルゴールの低下、つまり皮膚の張りがなくなり、つまんで戻らなくなったら細胞内脱水とか、舌が乾燥していたら細胞内脱水、とかだね。これらは細胞の水分不足ではなく、間質の水分不足なので、厳密には細胞内の脱水ではない。間質に水分が豊富でも細胞に水分が足りない可能性もあるし、そういった身体所見から細胞外脱水、細胞内脱水を見分けることには限界がある。 ペ:なので、今は高張性脱水、等張性脱水、低張性脱水、と言う風に、血液中のナトリウムイオンの量に着目して脱水を判別するのが基本となっている。 コ:それで何が変わるの? ペ:こうやって区別することで、身体所見ではなく、まずは血液中のナトリウムイオンを測ろうっていう意識ができるからね。もちろん、熱中症みたいに、原因がはっきりしているような場合まで、毎回検査をするわけではないが、血液の浸透圧を意識するようになるのは、非常に重要だ。 ペ:ただ、理屈を深く考えていくには、細胞内脱水と細胞外脱水の考え方は非常に重要だ。まあ、多くの麻酔科医は、ナトリウムイオン濃度、バイタルなどの指標、膠質浸透圧などを見て、細胞内、間質内、血管内の水分を意識していると思う。 ペ:ただ、間質は水分が多くなりすぎることが問題視されることが多く、「間質の脱水」について意識されることはあまりないだろうから、結局は細胞内と血管内の脱水が意識されるね。まあ、今回は深くは突っ込まないで話を進めるよ。 ペ:細胞内の水分はナトリウムイオン濃度に依存している、ということは覚えておいてほしい。 コ:わかったよ。とりあえず、細胞内に水分が不足しているなら5%ブドウ糖液、血管内の水分が不足しているなら晶質液、ということだったね?他はどうするの? ペ:循環血液量が減少しているのか、細胞内への水分供給が不十分なのかはっきりしない時には、とりあえず1号液を使うといい。「とりあえず使える輸液」というコンセプトなので、腎不全患者にも使いやすいようにカリウムを含まないのも特徴だね。 ペ:そして病棟などで安静にしている場合には、塩分の喪失は多くないので、水分が多めな維持液を用いる。なので、ゆっくり投与する前提だから、カリウムが多いのが特徴だ。 コ:2号液と4号液は? ペ:脱水の時にカリウムを一緒に補充したいときに使うのが2号液、水分をメインで投与するのが4号液、といったところだけど、この2つはあえて使う必要はないんじゃないかな。少なくとも私は使ったことが無いし、置いている病院も見たことが無い。 コ:よく使っているという人がいらっしゃいましたら、ぜひコメント欄にお願いします。 ペ:さて、手術中は晶質液を使うという話をしたと思うけど、晶質液を投与すると、間質への水分の移動が多くなるのがわかるかな? コ:確かに血管内の水分を増やすためとはいえ、間質に残る量も十分に多いよね? ペ:そう、これによって間質の水分が過剰になり、浮腫が生じやすくなる。実際、晶質液を大量に投与すると腸管などの内臓や、手足などの末端の組織の浮腫につながる危険性がある。 ペ:そして、例えば、1リットルの出血を点滴で補うのには、理論上ではその4倍、臨床的にはその3倍の輸液量が必要となる。 コ:すると、余分な2リットルや3リットルの輸液が間質に移動するっていうことになるのかな?そうなると間質の水分量が過剰になるよね?じゃあ、どうすればいいんだろう? ペ:ナトリウムイオンなどの電解質は、血管内にも間質にも等しく移動するため、間質と血管の間の浸透圧の差を作らない。なので、間質の浮腫を防ぐためには、血管内に多く残り、間質から血管内に水分を引いてくるような輸液が必要だ。 ペ:間質から血管内に水分を引いてくる力を、膠質浸透圧という。膠質浸透圧は、血管壁を通過しにくく、血管内に残りやすい物質によって発生する。こういう風に血管内に残りやすい物質を含んだ輸液のことを膠質液という。 ペ:理論上は1リットルの出血を補うのに、1リットルの膠質液を投与すればよい、という風にされている。 コ:じゃあ、何リットルもの大量出血を補うためには、それと同じ量の膠質液を入れるだけでいいっていうことになるんだね? ペ:そのレベルになると輸血も考慮しないといけないが、少なくとも、晶質液で補おうとすると、大量の間質浮腫が出現することになるね。 コ:膠質液にはどんな種類があるのかな? ペ:代表的なものはアルブミン製剤だね。アルブミンは知っている人も多いと思うけど、血液中に最も多く含まれるタンパク質で、膠質浸透圧を生み出すことで有名な物質だ。 ペ:ただ、近年はボルベンなどの代用血漿剤も販売されているから、必要に応じて積極的に使うといい。ただ、ボルベンについては禁忌も多いので、これらに該当する場合は使用を避けておいた方が無難だ。 コ:アルブミンと代用血漿剤は、どう違うのかな? ペ:細かい違いはあるけれど、わかっていない部分も非常に多く、怪しいデータも多いので、ここでは触れません。ある程度輸液に熟練するまでは「同じようなものだけど、禁忌があれば代用血漿剤は使わない」くらいに思っておけばいいと思います。 ペ:代用血漿剤については、別動画がありますので、そちらを参照してください。 コ:宣伝だね。 ペ:あとは輸血も膠質液と同等の扱いをされていることが多いね。なお、大量出血があることが予見されていて、輸血が必要と予測されている場合には、出血後に晶質液などで安定させていくよりも、積極的に輸血をした方が良い、ということが軍隊からの報告で知られているので、無輸血で粘るよりは早々に輸血をした方が良い可能性もある。 コ:軍隊は外傷への知見が豊富そうだもんね。 ペ:さて、今回の講義はここで終了します。ただ、最初にも言いましたが、今回の一連の講義で説明したのは、あくまで基本であって、厳密にはおかしいところも多いです。応用していくには、輸液についてのオンライン抄読会の動画全般を見て、さらに輸液についての理解を深めてください。 コ:厳密にはおかしいところが多いって、それについては解説しないの? ペ:詳しく述べようとしたんだけど、私の思いの丈が非常に強いコアな難しい話ばかりになるので、少なくとも研修医や看護師向けではないな、と思い、やめました。例えば、晶質液を投与した場合、水分の移動は輸液量の3分の1とか言うけど、血管内の水分が減っている大量出血の時でも、通常時でも同じだけ血管内に残るというのはおかしくないか、とか、例えば晶質液が細胞内に移動しないのは「塩分や水分が排出されない」ことを前提として述べているけど、大抵の場合、前提自体がおかしいんじゃないか、とかね。 コ:確かに、話の内容が複雑化して、混乱しそうだね。おかしいところが多いのに、なぜ今回はこの理論について説明したの? ペ:おかしいところは多いけど、恐らく大きな問題がないことがほとんどだし、なにせ「具体的な数字がわかりやすい」という、臨床での最大のメリットがあるからね。晶質液は3分の1だけ血管に残り、ブドウ糖液なら12分の1残る、アルブミンや代用血漿剤はすべて血管内に残る。細かい間違いがあったとしても、このわかりやすさは魅力的で実践的だね。 コ:確かに、いくら正しくてもわかりにくくて実践的ではないなら、現場では使い物にならないもんね。 ペ:なので、この範囲を踏み越えた、詳細な理論などについては、オンライン抄読会などの内容を参考にして、各々で学んでいただけたらと思います。もちろん、それについてより深く理解することによって、より繊細かつ、当意即妙な対応が可能になります。 ペ:さて、次回は、研修医が具体的な輸液計画を立てる手順や、実際の輸液管理について見てみよう。あと、今回の講義について関連するものとして、状況による輸液の使い分けについては、輸液に関するオンライン抄読会の第1回に記載してあります。また、膠質液の理論については、第4回に、大量出血に対して積極的に輸血をした方が良いという話は、第9回に記載されています。興味がある方はぜひ参照してください。 |