
コ:コシロです。 ペ:今回は、血液ガス分析によるQp/Qsの測定原理と、より応用する方法について説明していきます。 コ:前回はQp/Qsについて軽くだけ説明した後、細かい原理を後回しにして、ツールの使い方を紹介したんだったね。 ペ:そう、今回はより細かい原理を見ていきます。Qp/Qsの基本や、ツールの使い方を知りたい方は、前回の動画を参照してください。 コ:前回の講義によると、Qp/Qsは、専門用語では肺体血流比と言って、肺に流れる血液と、体に流れる血液の比を表したものだったね。静脈から5リットル流れてきて、左から右に1リットル流れたら、肺には6リットル、体には5リットル流れるから、Qp/Qsは1.2になると。 ペ:Qp/Qsは、エコーを使わなくても、動脈と中心静脈、肺動脈の3か所で血液ガス分析を行うことによって、計算で求められるという話だったね。まず、簡易法の原理から説明していくことにする。簡易法はステップアップ法と呼ばれる方法で、1970年頃から使われてきた歴史の長い方法だね。基本的に左心系→右心系に血液が流れる場合にしか計算ができないという欠点がある。 コ:どういう原理なの? ペ:それを話す前に、まずは、酸素飽和度(SO₂)について説明しよう。酸素の多くは赤血球のヘモグロビンによって運ばれるが、ヘモグロビンに結合している割合を酸素飽和度という。指先につける酸素を測る機械が、測定しているのはこれだね。健康な人だと、ほとんどすべてのヘモグロビンが酸素と結びついているので、酸素飽和度は100%近くになっている。 コ:確かに90代後半とかになっていることが多いよね。 ペ:簡易法では、この酸素飽和度を利用しているんだ。正常な心臓の場合、中心静脈から右心房、右心室を通って肺動脈に血液がまっすぐ流れ込むので、これらの成分はほとんど変わらないはずだ。そして、中心静脈から肺動脈にかけての血液は、肺を通る前なので、酸素が少ない。一方で、肺を通って、肺静脈から左心房、左心室に入ってくる血液は肺で酸素を受け取ってから入ってくるので、酸素が豊富だ。例えば、正常な心臓の場合、中心静脈の酸素飽和度が70%なら、肺動脈の酸素飽和度は70%だけど、肺を通って肺静脈を通ると、100%近くになるわけだ。 コ:それはそうだよね。 ペ:ところが、もし左心系→右心系に血液が流れ込むと、酸素に乏しい血液に、酸素が豊富な血液が混ざりこむので、肺動脈に到達する前に、酸素飽和度が上昇することになる。なので、肺動脈の酸素飽和度は、中心静脈の酸素飽和度と、肺静脈の酸素飽和度の間の値になるわけだね。そして、例えば、肺動脈の酸素飽和度と中心静脈の酸素飽和度の差をA、肺動脈の酸素飽和度と肺静脈の酸素飽和度の差をBとすると、混ざり合った中心静脈の酸素飽和度と、肺静脈の酸素飽和度の比は、その逆比、つまりB:Aになる。この方法を算数の用語で天秤法という。例えば、中心静脈の酸素飽和度が70%、肺静脈の酸素飽和度が100%で、肺動脈の酸素飽和度が80%としたとき、肺動脈の酸素飽和度と中心静脈の酸素飽和度の差は10%、肺動脈の酸素飽和度と肺静脈の酸素飽和度の差は20%なので、中心静脈の酸素飽和度と、肺静脈の酸素飽和度の比は20:10、つまり2:1になるわけだね。この場合、中心静脈からは2の血液が流れてきて、途中で1の血液を受け取るから、肺には3の血液が流れ込む。そして、途中で1失って大動脈に流れるので、大動脈からは2の血液が流れることになる。なので、肺には3行って、体には2行くから、肺体血流比(Qp/Qs)は3÷2=1.5、ということになる。 コ:なるほど、こうやって酸素飽和度の混ざり具合から計算できるってわけだね。 ペ:しかし、この計算法は誤差が非常に大きくなることもあるんだ。 コ:何で誤差が出るの? ペ:それは、酸素を運んでいるのがヘモグロビンだけじゃないからだ。ヘモグロビンは酸素と結びつくことで大量の酸素を効率よく運べる構造をしているが、ヘモグロビン以外にも、直接血液に溶け込む酸素が存在している。 コ:水中にも酸素はあるものね。それと同じように血液にも酸素が溶ける、ということかな? ペ:そうだね。ヘモグロビンに結びついている酸素をヘモグロビン結合酸素という。一方で、直接血液に溶け込む酸素のことを溶存酸素という。ヘモグロビン結合酸素の量と溶存酸素の量を合わせたものを酸素含有量というが、酸素含有量は以下の式で計算することができる(1.34×Hb濃度×酸素飽和度 + 0.0031×血液酸素分圧)。1.34×Hb濃度×酸素飽和度の部分はヘモグロビン結合酸素の量、0.0031×血液酸素分圧は溶存酸素の量だ。例えば、ヘモグロビンが10.0g/dL、酸素飽和度が100%、血液中の酸素分圧が90mmHgの場合、ヘモグロビンに結合している酸素量は1.34×10.0×1=13.4ml/dL、溶存酸素の量は0.0031×90=0.279ml/dLとなっている。 コ:こうやってみると、溶存酸素の量って、めちゃくちゃ少なくない? ペ:そうだね。健康な人が普通に生きている限り、溶存酸素の量は非常に小さくて、無視できるくらいだ。なので、簡易法(ステップアップ法)では酸素飽和度だけで計算している。条件が合えばこれで問題ないんだけれど、この方法だと、誤差が無視できないくらい大きくなることがあるんだ。 コ:というと? ペ:例えば、貧血があって、純酸素を投与されている場合を考えてみよう。Hb濃度が6.0g/dL、酸素飽和度100%、血液酸素分圧を500mmHgとする。先ほどの式に当てはめると、ヘモグロビン結合酸素量は1.34×6.0×1=8.04ml/dL、溶存酸素量は、0.0031×500=1.55ml/dLとなる。 コ:溶存酸素量がヘモグロビン結合酸素量の2割に近くなっているね。ここまでくると無視できるほどではないかな。 ペ:実際、非常に強い貧血がある場合には、純酸素を投与することで、無視できないくらい含有酸素量を上げることができるんだ。式は覚えなくていいので、空気を純酸素に変えることで、大体ヘモグロビン1.0g/dL分近く酸素含有量を増やすことができる、と覚えておくといい。このように酸素含有量まで考慮する方法をOxygen content method(酸素含量法)という。日本語にすると、酸素含量法、といったところだね。 コ:どうやればいいのかな? ペ:ツールの具体的な使い方は前回の動画を参照してください。このQRコードから移動することができますし、概要欄にリンクも貼っています。 コ:動脈、中心静脈、肺動脈から採血して、ツールのページを開いて、そのままデータを入力すればいいんだったね。 ペ:そう、ここでは具体的な原理を説明していくことにする。例えば、デフォルトのデータは動脈の酸素飽和度98%、酸素分圧90mmHg、ヘモグロビン10g/dL、中心静脈の酸素飽和度70%、酸素分圧35mmHg、肺動脈の酸素飽和度78%、酸素分圧 45mmHgとなっている。これをさっきの、酸素含有量の計算式にそのまま当てはめるんだ(1.34×Hb濃度×酸素飽和度 + 0.0031×血液酸素分圧)。なお、酸素飽和度は%表示ではなく、小数に直してから計算しないといけないから注意が必要だ。 コ:20%ではなく、0.2で計算するんだね。 ペ:これを計算すると、動脈の酸素含有量は1.34×10×0.98=13.132と、0.0031×90=0.279を合わせた13.411ml。中心静脈の酸素含有量は1.34×10×0.7=9.38と、0.0031×35=0.1085を合わせた9.4885ml。肺動脈の酸素含有量は、1.34×10×0.78=10.452と、0.0031×45=0.1395を合わせた10.5915mlとなる。計算は少し複雑だけれど、天秤法で考えると、肺動脈血は中心静脈血と、動脈血が2.8195:1.103で混ざりあっていることになる。だから、このような流量になって、肺体血流比(Qp/Qs)は3.9225÷2.8195で大体1.3912になるわけだ。 コ:簡易法だと1.40なんだったね。ほとんど誤差みたいな感じだね。 ペ:誤差が大きくなるのは、動脈血の酸素飽和度が高い場合、貧血が強い場合、左右シャントが強く、肺動脈酸素飽和度が高くなっている場合などだね。 コ:状況によっては誤差が大きくなることがあるから、念のため補正法でやった方が安心なんだね。 ペ:採血をしていれば、データ自体は同時に取れているだろうし、入力のひと手間で精度が上がるからね。ただし、右左シャントの場合は話が変わってしまう。というのも、右左シャントの場合は、右心房などから流れた血液が、肺静脈と混ざり合うので、カテーテルを挿入して、肺静脈の血液を回収しない限り、肺静脈のデータを測れないからだ。 コ:逆に肺静脈のデータを測れば計算できるんだね? ペ:そういうことだけど、肺静脈カテーテルを麻酔科医がやることはまずないし、肺静脈カテーテルを使用する場合は、専用の自動計算ツールがあると思いますので、このサイトのツールは敢えて対応していません。 コ:使いもしない機能があると、操作が複雑になるもんね。じゃあ、どうするの? ペ:そのため、予測式を使う。基本的に肺を通過した酸素は酸素飽和度100%であると仮定して、肺の中の酸素分圧は、このような、肺胞ガス方程式というのを使って予測する。 コ:これはどういう式なの? ペ:まず、肺の中にはいろいろな成分がある。その中から酸素の量だけを計算する方法だね。基本的な理論としては、まず大気圧は760mmHgだ。なので、肺の中には760mmHg分だけ気体が分布することができる。ただし、肺の中は水蒸気がいっぱいなので、37度の飽和蒸気圧47mmHgを差し引いた、713mmHgが酸素の分布できる容積だ。なので、ここに酸素濃度をかけると、酸素の分圧を求めることができる。 コ:これが肺胞ガス方程式の左の部分かな。気道内の酸素濃度に713をかければいいんだね。 ペ:ここから、消費される酸素を減らすわけだ。二酸化炭素は拡散が早いので、肺の中の二酸化炭素は血液の二酸化炭素の分圧に等しい。ここで、もし酸素と二酸化炭素が1:1で交換されているなら、そのまま二酸化炭素分圧を引けばいいのだけれど、実際にはそうはいかない。 コ:何で? ペ:多くの場合、吸った酸素の量と吐いた二酸化炭素の量はズレているからだ。通常、5分子の酸素を吸うと、4分子の二酸化炭素が発生する。このように、作られた二酸化炭素の量を原料となる酸素の量で割ったものを呼吸商(RQ)という。消費された酸素の量は、血液中の二酸化炭素の量を呼吸商で割ることによって計算できる。 コ:つまり、肺の中の酸素の量から、消費された酸素の量を引いたものが、残った酸素の量、というわけだね。 ペ:そう、このようにして、肺胞の酸素の量が計算できるんだ。静脈血の酸素飽和度を100%と仮定して、肺胞ガス方程式から肺静脈の酸素分圧を予測すれば、静脈血の酸素含有量を求めることができる。 コ:なるほど。サイトを見ると、「ほぼ変更不要」と書いてあるのが複数あるけれど、これを変更する意味はあるのかな? ペ:それぞれ、近似値を使っているし、臨床範囲内だとそこまで誤差を生むことは無いと思うから、基本的に触る必要はないんだけれど、例えば、人工呼吸器で陽圧換気をしていると、人工呼吸器の圧力分だけ大気圧が上昇することになる。なので、こだわる場合は平均気道内圧やPEEPの分だけ圧力を追加してもいい。ただ、圧力が8cmH2Oだとしても、単位変換して6mmHg程度の誤差にしかならない。あとは、飽和蒸気圧も37度だと47mmHgだけれど36度だと44mmHg程度だし、38度だと50mmHgくらいまで上昇する。 コ:結構違うんじゃない? ペ:割合にしたら大きく変動しているけれど、数字にしたら大気圧760mmHgに対して±3くらいの変化でしかないからね。誤差だと思う。その他、呼吸商は炭水化物メインの代謝だと1近くまで上昇するが、脂質メインだと0.7程度になるしヘモグロビン結合率も、pHなどの条件で細かく変動する、酸素溶解度も温度によって細かく変動するし、pHによっても微妙に変わったりする。条件がそろえば1.30~1.39程度の値をとるようだ。ただ、どれもこれも誤差の範囲で大きくは変わらないね。例えば研究などで数字を細かく設定したい人のために、自分で設定できるようにしているという感じだ。 コ:なるほど、 ペ:ただ、そこまで難しくは無いので、研究に使うなら自分で計算式を立式してみることもお勧めします。もしわからないことがあれば、コメント欄で遠慮なく聞いてください。 コ:そういえば、肺静脈の酸素飽和度は100%と仮定しているという話だけど、これっておかしくない?健康な人で、肺静脈の血液は動脈と同じと考えるなら、指先の酸素モニターでは、100%にならないとおかしいっていうことになるじゃない。 ペ:実は、健康な人でも右左シャントというのは存在しているんだ。 コ:どういうこと? ペ:例えば大きなところだと、気管支に栄養を与えている気管支動脈は、肺胞を通らずに肺静脈に戻っていく。これは肺を通らないわけだから、右左シャントと言えるね。 コ:なるほど。あとは、右左シャントの時の肺動脈の血液は、中心静脈や静脈で代用してもいいの? ペ:代用してもいいけれど、信頼性が落ちてしまう。肺動脈は上大静脈と下大静脈の2つの静脈が混ざってできた血液だ。中心静脈は普通上大静脈だけのデータだし、もし上大静脈と下大静脈の値が大きくずれていたら、データ狂う可能性がある。下大静脈の方が上大静脈より倍くらい血液が多いし、上大静脈の方が酸素飽和度が5%くらい低い。 コ:何で? ペ:血液の半分近くが酸素消費の激しいや脳や筋肉を通る割合が、それぞれ4割以上となっているからだね。上大静脈、下大静脈、腕、肺動脈の酸素飽和度は、大体図のようになっている(上大静脈 65%~70%、下大静脈70〜75%、腕60〜65%、肺動脈 70%前後)。 コ:つまり、上大静脈や腕からの採血のデータを使うと、本来より酸素飽和度が低いものを基準にすることになるんだね。 ペ:そういうことになる。例として、簡易法で説明するが、動脈が90%、肺動脈が70%、中心静脈が65%の時、肺動脈で見たら0.66程度のQp/Qsだが、中心静脈を基準に見ると、0.71くらいになってしまう。 コ:正常が1.0と考えると、過小評価をしていることになるんだね。 ペ:まあ参考にはなるけどね。上大静脈と下大静脈の酸素飽和度の差は、状況によって大きく変わるので、上大静脈の値から肺動脈の値をを予測することも困難だ。 コ:なるほど、残念だけど仕方ないね。 ペ:さて、今回の解説はここで終了します。 コ:今回は複雑な計算が多かったね。 ペ:実際には研究に使うとかでなければ、覚える必要はないと思うけど、たまにはこうやって数字の世界に触れていくのも面白いと思うよ。 コ:それは人によるんじゃないかなあ。 |