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前回のあらすじ マイケル・ジャクソンはもともと強い不眠症を持っていた。そして、不眠症に対してベンゾジアゼピン系の睡眠薬を乱用したなどの理由で、不眠症が悪化してしまった。そして、過去に不眠症で悩んでいた時に、ドイツでプロポフォールを使ってもらい、よく眠れた成功体験を思い出すことになる。そこから、マイケル・ジャクソンは、アメリカでも、プロポフォールを使ってくれる医師を探し求めるようになった。 ぺ:こんにちわ、ペンギン先生です。 コ:コシロです。 ぺ:今回は、「マイケル・ジャクソン 世界一有名な麻酔事故」の後編です。前回の続きから話をしていきます。前回の動画がまだの人は、そちらを見ていただいてからの方がわかりやすいと思います。 コ:それでは、続きをお願いします。 ぺ:その前に、チャンネル登録とグッドボタンをお願いします。 ぺ:さて、アメリカでプロポフォールを使ってくれる医師を求めていたマイケル・ジャクソンは、ある人物と出会うことになった。敢えてA医師と呼んでおこう。2006年、マイケル・ジャクソンの娘がホテルで体調を崩した時に往診してきたのがA医師だった。適切に対応したA医師はマイケル・ジャクソンからの信頼を得て、その後も付き合いが続くことになる。そして2009年の春には、7月に予定していた復帰公演のThis Is Itに、専属医としてA医師が参加することが決定した。 コ:ここだけ聞くと運命的な出会いだね。 ぺ:ここで、時間を少し戻そう。2006年のA医師との運命の出会いの後、マイケル・ジャクソンは、たまたまプロポフォールの投与を受ける機会があった。2008年、ラスベガスで、歯科処置の補助のため、麻酔科医のB医師によって、計4回のプロポフォールの投与が行われた、とされている。 コ:これはクリニックでされたんだね。 ぺ:そうだね。きちんとしたクリニックで、歯科処置には少し過剰な気もするが、一応適正な目的のために使用されたものだ。彼は麻酔科医として仕事をしただけだったが、マイケル・ジャクソンは彼のことが非常に印象的だったのだろう。2009年3月、マイケル・ジャクソンはA医師に依頼し、A医師の事務所にB医師を招待した。マイケル・ジャクソンはB医師に、詳細は告げず「7月に予定している、復帰公演のThis Is Itに同行してほしい」と依頼をした。 コ:なんでB医師に声をかけたのかな? ぺ:A医師は循環器内科医で麻酔は専門外だ。だから専門家を求めていたんだろうね。しかし、マイケル・ジャクソンは彼に同行を依頼する理由の詳細を語らなかった。そのせいで、B医師は戸惑い、「私は歌えないし、ダンスも本当にできない。では、どうすればいい?」と答えた。マイケル・ジャクソンは「ただ、僕が休めるように手伝ってほしい」とだけ答えたという。結局、B医師はその場での返事をせず、一旦家に帰った。その後話は進まず、ツアーでの同行は実現しなかった。その後、5月頃から、A医師は、毎日のようにプロポフォールを使ってマイケル・ジャクソンを眠らせていた。 コ:結局、専門家なしでプロポフォールを使うことになったんだね。 ぺ:しかし、A医師も、そのことで悩んでいたようだ。プロポフォールは本来、睡眠目的で用いるものではない。マイケル・ジャクソンとしては眠ることができればよいわけだから、薬剤自体はプロポフォールである必要はない。そこで、6月22日頃、A医師はプロポフォールを減らし、ベンゾジアゼピン系の薬物を用いて寝かせることとした。 コ:耐性ができていたんじゃないの? ぺ:プロポフォールで寝かせていたため、しばらくベンゾジアゼピン系の薬物は使用してなかったし、耐性が弱くなってきたはずと判断したんだろう。実際6月23日はプロポフォールを使わず、ベンゾジアゼピン系の薬物で眠らせることができたようだ。そして、6月24日の夜から6月25日の早朝にかけての日のことだった。当日、A医師は、例によってプロポフォールの使用を避けて、ジアゼパム、ロラゼパム、ミダゾラムと、ベンゾジアゼピン系の薬物を投与した。しかし、そのいずれも無効だった。 コ:また耐性ができていたのかな? ペ:その可能性は高いね。長期間投与してから休薬しても、再開したら急性耐性というのができやすくなるからね。 そこで、マイケル・ジャクソンから強くせがまれて、A医師はプロポフォールを25mg投与した、と証言している。 コ:それってどれくらいの量なの? ペ:マイケル・ジャクソンの体重は大体60kgくらいなので、一般的な麻酔の導入では、120から150mgくらい使用される。私が仮にこの体重、この年齢、特にリスクが無い人を、睡眠目的で寝かすとしたら、まず50mg程度投与するね。 コ:すると、25mgは大分少ないんだ? ペ:まあ、通常なら寝るかどうか、といった程度の投与量だ。そして、トイレに行くために席を離れて、戻ってきたら呼吸が停止していた、ということだ。 コ:一般的にはとても少ない量だったのに、命にかかわる量になったということ? ペ:まあ、この証言が正しかったとして、有り得ない話ではない。まず、前回の講義で、ベンゾジアゼピン系の薬は、GABA受容体の反応を強くする、と説明したと思う。一方で、プロポフォールはGABA受容体を直接的に刺激する薬だとも説明した。 コ:つまり、GABA受容体を反応しやすくする薬と、GABA受容体を刺激する薬を同時に投与したということ?これってまずくない? ペ:そう、ベンゾジアゼピン系の薬とプロポフォールは、同時に使うことで、相乗的に相互作用を引き起こす。今回、マイケル・ジャクソンは、複数のベンゾジアゼピン系の薬剤を大量に投与された状態で、プロポフォールを投与されたことが、致命的になった原因の可能性がある。 コ:なるほど。 ペ:ただし、「血液や尿から、25mgでは説明できないほどのプロポフォールが検出されたこと」「プロポフォール1000mg(100ml)のビンを開封した痕跡があったこと」「事態が発覚してからA医師が救急隊を呼ぶまでに時間がかかったこと」「救急隊を呼ぶ前に薬剤や点滴を隠そうとしていた疑いがあること」などから、実際にはもっと多量のプロポフォールが投与された可能性もある。 コ:罪を軽くするために、使った量を少なく申告していた可能性もあるっていうことだね。 ペ:いずれにせよ、このベンゾジアゼピン系とプロポフォールの相互作用が事態を悪化させたのは間違いない。最終的にA医師には「以下の17の問題」が指摘され、禁錮4年および医師免許剥奪の処分となった。 1.基本的な緊急気道確保器具の不足。 2.高度な緊急気道確保器具の不足。 3.吸引装置がないこと。 4.点滴ポンプがないこと。 5.パルスオキシメトリーによる警報の欠如。 6.血圧計のカフを使用しなかったこと。 7.心電図検査が行われていないこと。 8.カプノグラフィーの欠如。 9.医師と患者の関係を維持できなかったこと。 10.患者の精神状態を継続的に監視しなかったこと。 11.患者の呼吸状態を継続的に監視しなかったこと。 12.血圧とパルスオキシメトリーを継続的に監視せず、心拍モニターも設置していなかったこと。 13.直ちに911番に通報しなかったこと。 14.処置開始時に記録を残さなかったこと(極めて悪質で非良心的)。 15.書面によるインフォームド・コンセントを維持しなかったこと(極めて悪質かつ非良心的)。 16.鎮静処置の全過程における記録の不備(極めて悪質かつ非良心的)。 17.救急隊員とUCLAの両方にプロポフォールの使用と、マレーが逮捕時に目撃したことを開示しなかったこと。 コ:可哀そうだけれど、不適切な環境で、不適切な医療を行って、人が亡くなったんだから仕方ないね。 ペ:このケースでは、強い不眠症があって、それに対してベンゾジアゼピン系の薬剤を乱用するようになり、さらに不眠症が悪化した。そんな時に、たまたま海外でプロポフォールを使われ、快適に眠れたという強い成功体験を得た。国内でもプロポフォールを使ってくれる医師を求めるようになった。その結果、偶然か必然か運命か、プロポフォールを使ってくれる医師と出会った、という流れだね。 コ:そこまで強く求めていたなら、プロポフォールを使ってくれる医師と出会うのは、遅かれ早かれ、という感じだったのかな。 ペ:私もそう思うね。A医師の前にも何人かの医師に「プロポフォールを使うように」せがんだこともあるみたいだし、A医師が断っていても、いずれはプロポフォールを使う医師には出会った可能性は高い。もちろん、今回のケースのように、その医師が専門外である可能性も高いだろう。 コ:プロポフォールって危ない薬なの? ペ:量を間違えれば何だって危ないよ。風邪薬でも大量に飲めば命に関わるし、水や塩だって、大量に摂取したら命に関わる危険性がある。ただ、その中でもプロポフォールをはじめ、麻酔科医がメインで扱う薬は、極端な使い方をしなくても、使い方を誤れば致命的になりやすいものばかりだ。 コ:麻酔って危ないのかな。 ペ:いや、日本で健康な人が定期手術を受けた場合、全身麻酔自体が原因で亡くなる確率は100万人に1人とされている。 コ:そんなに少ないの? ペ:そう、麻酔科医というプロがついていたら、麻酔が原因で事故を起こすのはかなり珍しい。しかし、プロである麻酔科医でさえ、異常があればすぐに発見できるように大量のモニターをしているし、どんな異常があっても大丈夫なように、あらゆる装備を整えている。だからこそ、100万人に1人という数字を叩き出せるわけだ。 コ:数字を見たら大分安全そうだけどね。 ペ:先進国では医師の能力も高いし、モニターや装備も整っているから非常に安全だけれど、発展途上国の中でも資源が乏しいところでは数百人に1人が亡くなっている地域もある。A医師は循環器内科医であり、麻酔については専門外だ。それなのにろくにモニターや装備もなく麻酔薬を使った。しかも、ベンゾジアゼピン系とプロポフォールの強い相互作用に対する理解もなかったことがそれを悪化させている。もう判決は出ているが、言い訳の余地のない医療事故だね。 コ:つまり、適切な装備があって、適切な人がやっていたら、死亡事故にはならなかった可能性が高い、ということなのかな? ペ:その可能性は高いね。ドイツで行われたように、大量の装備を持ち込み、十分な人員を整えた上でやるなら、事故になった可能性は非常に低いだろう。マイケル・ジャクソンはプロポフォールを強く求めるあまり、相手を選ぶような余裕はなかっただろうし、それが最悪な結果の原因の一つだと言ってもいい。 コ:他にできたことはあるのかな? ペ:もう一つ重要なことは、不眠症への初期対応だ。すでに説明したように、ベンゾジアゼピン系の乱用は不眠症を悪化させるので、本来他の薬を選ぶ必要がある。 コ:他の薬? ペ:代表的なものはメラトニン受容体に作用するものと、オレキシン受容体を拮抗するものだね。 コ:それはどういったものなのかな? ペ:メラトニンというのは、体内時計を調整するための物質だ。 コ:体内時計? ペ:体内時計は、別名概日リズムなんて言ったりするね。ヒトは朝起きて夜眠って、また朝起きる、このリズムを繰り返している。昼は活動する時であり、夜は休息すべき時なので、体は、ホルモンなどを分泌して、それぞれのタイミングに有利になるように、状態を調整しているんだ。体内の時間に合わせて調整をするから、体内時計、という。成長ホルモンなんかが有名だね。 コ:夜寝ている間に背が伸びるっていうやつだね。 ぺ:成長ホルモンの他にも、多くのホルモンの血液中の濃度も1日のうちで変動していることが知られている。また、全身の細胞も体内時計を持っているし、体温なども体内時計の影響を受ける。そのリズムを整える補助をするのが、メラトニンだね。メラトニンは、通常、夜間に分泌されて、他の細胞の体内時計を調節する役割がある。これによって、全身の細胞に休息のタイミングを教えているんだ。しかし、目から光が入ると、視交叉上核という場所が「光を感知した」ことを脳の松果体に伝える。そうすると、松果体は「今は昼だ」と判断し、メラトニンの分泌をやめる。これによって、体は昼と夜にうまく適応しているわけだ。しかし、不適切なタイミングで光を浴びると、体内時計が乱れ、睡眠障害が出やすくなる。 コ:今の時代、寝る直前まで明るい部屋にいるなんて普通だし、体内時計が乱れている人が多そうだね。 ペ:アメリカでは昔からメラトニンがサプリメントとして販売されているが、日本では医薬品扱いなので、普通は買うことができない。面白いところでは、大塚製薬は、nemuという商品名で、牛が眠たい時間に搾乳することで、通常より多くのメラトニンを含む牛乳を販売していた。また、母乳からのメラトニンが赤ん坊の体内時計を整える手助けをしている、という研究もある。 コ:なるほど、サプリメントとしての、メラトニンがダメなら、自然に手に入るメラトニンを使おうというわけだね。でも、昔からアメリカでサプリメントとして買えたなら、マイケル・ジャクソンは試していそうだね。 ペ:多分使ったこともあるし「効かない」って印象だったんじゃないかな?薬剤としてはロゼレムっていう薬があるけれど、これらはいずれも体内時計を整える役割を持つ。ただ、体内時計というのは睡眠にとって重要な要素の一つだけれど、体内時計さえ整えればいつでも問題なく眠れるかというと、そんなことはない。マイケル・ジャクソンの場合、公演後などに不眠が出ることが多かったようで、体内時計の乱れというよりは、恐らく緊張や興奮なんかが根底にある。そうなると、メラトニンやロゼレムの効きは微妙な感じがするね。 コ:となると、もう一つのオレキシン受容体を拮抗する薬が候補に挙がるのかな?これはどういう薬なの? ペ:現在ではベルソムラ、デエビゴ、クービビック、ボルズィといった薬剤が知られている。この系統の睡眠薬は、近年注目されていて、2014年にベルソムラが販売されてから、新薬が次々と出ているね。さて、オレキシンは、覚醒をつかさどる神経伝達物質として知られている。オレキシンが十分機能しないと、ナルコレプシーなどの原因となることが知られている。 コ:ナルコレプシー? ペ:ナルコレプシーは、十分に睡眠をとっていても、日中に酷い眠気を生じたり、突然眠り込んだりするなどの症状がある病気だ。10代くらいに発症することが多い。 コ:眠気が制御できないっていうことなんだ? ペ:オレキシンは、視床下部外側野という位置にあるオレキシン産生ニューロンによって作られ、以下のような「覚醒」に関わるところを支配している。 ・青斑核 LC ノルアドレナリン系 覚醒、注意、緊張、ストレス反応を高める ・縫線核 セロトニン系 覚醒維持、気分、REM睡眠抑制に関与 ・結節乳頭核 TMN ヒスタミン系 覚醒維持に強く関与 ・VTA ドパミン系 報酬、動機づけ、覚醒、依存行動に関与 ・基底前脳 アセチルコリン系など 皮質覚醒、注意、認知機能に関与 ・脳幹 REM睡眠・自律神経系 REM睡眠の制御、呼吸・循環・自律神経調整 ・大脳皮質 直接/間接投射 覚醒レベルの維持、注意・認知に関与 コ:かなり広範囲に効いているんだ? ペ:有名どころだと、空腹だとオレキシンの産生が増えて、満腹だとオレキシンの産生が減ることが知られている。 コ:つまり、夜お腹がすいて眠れなくなったり、食後眠くなるのは、このオレキシンが関与している、ということだね。 ペ:まあ、自律神経系や体内時計なども絡む話だから、全てではないけどね。オレキシン受容体拮抗薬は、この、覚醒を司るオレキシンの邪魔をすることで、覚醒をしにくくするわけだ。 コ:ナルコレプシーを薬で弱く再現するというわけだね。 ぺ:依存性は低いし、効果もほどほどに強い。最近では、まずは生活リズムを整えて、刺激を減らすなど、睡眠をしやすい環境を整えることから始めるのはもちろんだが、それでもダメなら、体内時計の乱れが原因ならメラトニン受容体刺激薬、それ以外にはオレキシン受容体拮抗薬、どうしても眠れない時にワンポイントでベンゾジアゼピン系、というのが基本だろうね。 コ:マイケル・ジャクソンもそうしていたら大丈夫だったのかな? ぺ:末期は、おそらくベンゾジアゼピン系の乱用によって不眠が悪化しているのと、強力な入眠効果に慣れてしまい、オレキシン受容体拮抗薬などの薬剤の効果は限定的だったとは思うが、初期から使っていれば、少なくともプロポフォールに依存するような大きな問題にはならなかった可能性もある。もちろん、強い不安などがある場合には効果が出にくい場合もあるし、断言はできないけどね。ただ、最初のオレキシン受容体拮抗薬であるベルソムラが販売されたのは2014年、マイケル・ジャクソンが亡くなってから5年後だからね。逆にいうと当時は、一般人が取れる選択肢は、行動療法の他、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬か、市販のH1ブロッカー、あるいはメラトニンなどのサプリメントくらいしか、睡眠障害に対応するための選択肢はなかったと言ってもいい。 コ:現代になって選択肢が広がっているのはありがたいね。 ぺ:さて、今回の動画はここで終了とします。 コ:マイケル・ジャクソンの話は有名だけれど、意外と細かい話は知らないものだね。当時は不眠症への薬が今ほど充実していないとはいえ、不眠症への誤った対応などで不眠症が悪化していた。たまたまドイツでプロポフォールを使われて成功体験を得て、プロポフォールを求めるようになった。アメリカでプロポフォールを強く求めた結果、使ってくれる医師と出会った。しかし、その人物は、不適切なモニター、不十分な知識と技術で麻酔を行い、今回の不幸な事故につながった、ということだね。 ぺ:ただ、今回の講義でも裁判の記録などから引用しているけれど、真実がわからないものが多いのも事実だ。もし、「ここは違うんじゃないか」などと思う方がいらっしゃいましたら、遠慮なくコメントしてください。 コ:それじゃあ、次回の動画もよろしくね。 |