ペ:こんにちわ、ペンギン先生です コ:コシロです ペ:今回は「熱中症予防には何を飲めばいいの?最適解とその理論について」というテーマで講義をしていきます。 コ:それって、麻酔は関係あるの? ペ:麻酔科医は手術中の麻酔を担当しているイメージがあると思うが、手術前の経口補水なんかも実は麻酔科医の領域なんだよ。どういった水分が吸収されやすいかとか、胃の中に残りやすいかなどについても、ある程度の知識が求められるんだ。 コ:つまり、点滴だけではなく、口から飲む水分も麻酔科医の専門領域というわけだね。 ペ:なので、今回は熱中症の予防にどのような飲料を選べばいいのか、その根拠についても詳しく説明していこうと思う。今回は、医療従事者ではない人にもわかるように説明しつつ、看護師や研修医など、ある程度知識がある人にも勉強になるように心がけて講義をするつもりだ。この講義を聞けば、論理的に水分の種類を選べるようになる、と思います。 コ:微妙に自信ないんだ? ペ:さて、長い説明になるので、まずは結論から言おう。激しい汗をかいた場合の脱水の治療と予防のみを考慮した場合、一番良い成分は、水1000mlに食塩を3g、ブドウ糖を9~18g入れたものだ。ただし、これはあくまで「激しく汗をかいた場合」の目安だっていうことは強調しておく。軽く汗をかいているくらいなら、もっと塩分も糖分も少なくていいし、ほとんど汗をかいていないなら、ただの水やお茶などで構わない。 コ:市販のもので言うとどうなの? ペ:まず、いくつかの市販の飲料について、1000mlあたりの塩分の量と糖分の量を表にしてみた。激しい発汗の場合は、経口補水液で有名なOS-1が理想だ。一方、ポカリスエットは塩分がかなり少なく、糖分がかなり多い。アクエリアスはさらに塩分が少なく、糖分も控えめだが、まだ多めだね。この辺りは軽く汗をかいているような状態向けだね。その他で言うと、例えば有名な伊藤園の麦茶の場合、塩分も糖分も全然足りない。あまり汗をかいていないなら、この辺りが向いているね。 コ:糖分が入っていれば塩分は無くても大丈夫なの? ペ:逆だね。一番大事なのが水分、次に大事なのが塩分、補助的に必要なのが糖分だ。糖分はあくまで補助的なので、塩分が含まれないなら糖分を含む意味がないし、むしろ急激な高血糖や糖尿病のリスクになる可能性がある。ただ、後で説明するけど、糖分が水分と塩分の吸収の補助をするから、追加で入れておくと効果的なんだ。 コ:あとは、糖分って書いてあるけど、さっきのレシピだとわざわざ「ブドウ糖」って書いてるよね?これは砂糖でもいいのかな? ペ:後で理屈まで説明するけど、医学的にはブドウ糖の方がいいけど、倍量入れるなら砂糖でも構わない。 コ:結論だけ聞いてもよくわからないね。塩分なんて本当に必要なの?あと、糖分は多くても問題ないの? ペ:では、具体的に説明していこう。まず、汗の成分について説明していこう。生理食塩水で知られるように、血液中の塩分の濃度は0.9%となっている。では、汗に含まれる塩分の濃度はどれくらいだろうか? コ:汗って、塩辛いし、血液と同じくらいかな。0.9%くらいだと思う。 ペ:いや、汗の目的は体温を下げることで、体としては塩分の余計な喪失は防ぎたい。なので、実は汗を出すときに塩分を体内に残そうという仕組みが存在しているんだ。一旦は血液と同じくらいの濃さの汗を作るんだけど、そこから塩分を体内に吸収して、汗の塩分を薄くする、という仕組みだね。これを再吸収という。 コ:つまり、塩分を体内に残すから、汗の塩分の量は血液より薄いわけだね。 ペ:そう、まず、血液中のナトリウムイオン濃度が140mEq/Lとなっている。mEq/Lという単位は、ナトリウムの場合mmol/Lと同じだけど、ここでは単位は覚えなくてもいい。血液を140として、濃度を比べたものだと思ったらいいと思う。安静にしている時は、大体10から20くらい、軽く汗をかいている時は20から45くらい、強く汗をかいている場合は45から80くらいの濃さの汗をかいていることになる。 コ:汗の量によって、濃度が結構大きく変動するし、幅もなかなか大きいね。 ペ:汗を作るときには、まずは血液と同じ濃さのものを作り、塩分を節約するために、その中から塩分を再吸収している、というわけだからね。汗が激しくなると再吸収が間に合わなくなるんだろうね。 コ:同じように汗をかいていても、幅が大きいのは何で? ペ:これはどれくらい汗をかくのに慣れているか、というのが影響しているようだ。アスリートなど汗をかくのに慣れている人は、再吸収の能力が高くなり、汗の中のナトリウムイオン濃度が下がるみたいだね。 コ:汗の量や、慣れで汗の成分が変わるのは面白いね。 ペ:ちなみに、1968年のNatureの論文によると、汗が少ないときは、汗のpHは酸性(3.5~6.0)なのに、多くなると、弱アルカリ性(7.0~8.5)になるようだ。皮膚のpHは弱酸性(4.5~6.0)なので、これが汗が多くなると、痒くなる理由の一つじゃないかと思っている。※参考リンク コ:その話、今回関係ある? ペ:すいません、関係ありません。さて、ここで水分の分布について説明しよう。ペンギン先生の輸液講座の第4回で説明したけれど、見ていない人も多いと思うので、再度軽く説明することにする。体の水分が分布する場所には、大きく分けて2種類ある。すなわち、細胞の中と細胞の外だ。これらはそのまま、細胞内液と細胞外液と呼ばれる。細胞外液には間質液や血液が存在しているけど、今回は細かく分けないことにする。細胞内液と細胞外液は、大体2対1の割合で存在している。 コ:前の動画で説明していたね。 ペ:細胞は細胞外液に囲まれているので、細胞内液は、細胞外液の浸透圧だけの影響を受ける。その結果、細胞内液の浸透圧は、常に細胞外液と等しくなるんだ。そして、細胞外液の浸透圧は、ナトリウムイオンの濃度にほぼ比例する。 コ:その他の成分は、普通は誤差くらいの影響しかないんだったね。 ペ:ナトリウムは、食塩に含まれる成分だね。さて、安定している時は、細胞外液と細胞内液の浸透圧が等しくなっている。なので、水を飲んだ場合、細胞の中と細胞の外、両方に等しく分布して、細胞内も細胞外も同じように薄めるわけだ。一方、例えば生理食塩水を飲んだ場合、生理食塩水は細胞と浸透圧が同じなので、細胞に水分が供給できないんだ。 コ:それも前の動画で出てきたね。 ペ:このように、水だけだとフラットに分布するのに、生理食塩水だと細胞外液のみに分布する。そして、水と生理食塩水の間の濃度になるように塩分の濃度を変えてみると、細胞内液と細胞外液に供給する水分のバランスが変わっているのがわかると思う。 コ:生理食塩水より濃くなるとどうなるの? ペ:濃くなると、逆に細胞から水分を奪っていくことになる。 コ:海水を飲んだら喉が渇く、という奴かな? ペ:そうだね。さて、激しく汗をかいた場合の塩分の濃度を少なめに見て45mEq/Lとしよう。塩分濃度にしたら大体0.3%くらいになるね。血液の3分の1くらいの濃度だ。先ほど示したように、もし0.3%の食塩水を飲んだら、水分が細胞内外に分布する。なので、0.3%の濃さの汗をかいた場合には、飲んだ場合とは反対に、水分が失われる。 コ:方向は逆だけど言っていることは同じだね。細胞内液も失われるけど、細胞外液がより多く失われるんだね。 ペ:そう、0.3%の濃さの汗をかいたら、細胞外液を中心に細胞内液と細胞外液の両方の水分が失われる。ちなみに、この部分が下がると、細胞の量自体は変わらないのに、水分だけが減ったことになる。つまり、細胞の中の濃度が上がることになる。これを医療用語では高張性脱水という。 コ:細胞の中の浸透圧が上がっている、ということだね。細胞の中が濃くなっているんだったら、水を飲んで薄めればいいのかな? ペ:先ほど説明したように、水は細胞内と細胞外の両方に、均等に分布する。なので、もしこの状態から、水を飲むと水分は補われるけど、細胞内液ばかり補われて、細胞外液が足りないままになりやすいんだ。 コ:細胞内液は多いのに、細胞外液は足りていないね。 ペ:そう、これが不均衡だ。細胞の水分は十分だから喉は乾かないのに、細胞外、特に血管への水分が足りないから、血圧が下がり、それを補うために脈が速くなり、頭痛やふらつきが出る。これを医療用語で低張性脱水という。ただ、脱水状態に比べるとまだ循環血液量が補われているから、飲まないよりはマシなんだけど、ベストとは言えないね。 コ:これは怖いね。汗をいっぱいかいた時、水だけではベストとは言えないっていうことだね。細胞外液の水分も補えるくらい、いっぱい飲むのはダメなの? ペ:細胞外液を補うために大量の水を飲むと、本来細胞はこれだけしか水分を持っていないのに、過剰な水分を抱え込まされることになる。すると、細胞内液が薄まりすぎて機能が弱まる可能性がある。 コ:余計危ないんだ? ペ:だからといって、生理食塩水のような塩分の多いものを飲むと、循環血液量だけ補われて細胞の水分が足りないままだから、細胞の機能が落ちて、最悪意識障害などが生じる可能性もある。 コ:それも怖いね。 ペ:だから、適切なナトリウムイオン濃度の水分を飲むことが非常に重要なんだ。 コ:適切なナトリウムイオン濃度っていうのは、最初の方に出てきたやつだね。 ペ:そういうことになる。 コ:市販の飲料の塩分濃度の話と汗の塩分濃度の話を合わせて考えると、汗が多いときはOS-1、軽く汗をかいたときはスポーツドリンク、あまり汗をかいていないときはお茶や水という風に、わかりやすく分類できるね。 ペ:その通り。特にOS-1は汗の塩分濃度に近いから、激しい発汗時には理想的だ。ただし、スポーツドリンクは糖分が多いから注意も必要だ。 コ:そういえば、塩分濃度の説明はよく分かったけど、これで糖が必要な理由がまだわからないんだけど。 ペ:これが次のポイントだ。水分の吸収には、胃を素早く通過させることと、小腸で効率よく吸収させることが重要なんだ。 コ:じゃあまず、胃を素早く通過させるのってどうするの? ペ:胃内の水分は、食物繊維、乳成分やタンパク質、脂肪分が少ないほど腸に素早く送られる。これらを避けることが重要だね。 コ:なるほど。じゃあ、小腸で素早く吸収させるにはどうしたらいいの? ペ:ここで糖が重要になってくるんだ。小学校の理科では、小腸は栄養を吸収して、大腸が水分を吸収すると習うけど、小腸でもしっかりと水分を吸収するんだよ。 コ:小腸は具体的にはどうやって水分を吸収するのかな? ペ:小腸で素早く水分を吸収するために、特に重要なのがSGLT1という仕組みだ。 コ:SGLT1って覚えにくい名前だね。 ペ:私は「スクルト」と覚えているね。なお、某ゲームとは関係ありません。 コ:「すぐれた」でも覚えられるかな。 ペ:さて、このSGLT1は、小腸の壁にあって、ナトリウムとブドウ糖をセットで吸収するんだ。これを共輸送という。 コ:一緒に運ぶから共輸送か。 ペ:そう。その結果、細胞内の浸透圧が上がって、水分も一緒に吸収される。だから、塩分とブドウ糖を一緒に摂取すると、水分の吸収が早くなるというわけだね。共輸送の場合、ナトリウム2分子にブドウ糖1分子がセットで吸収される。分子量の比で言うと、塩とブドウ糖は大体1:3だから、ブドウ糖は塩の1.5倍くらいの重さが理論上は必要だ。 コ:塩分濃度は0.3%だから、水1000mlに塩は3g必要で、それならブドウ糖は1.5倍の4.5gあればいいんじゃないの? ペ:理論的にはそうだけど、この濃度では実際には吸収効率が十分上がらないことが多いんだ。研究によると、実際にはブドウ糖は塩分の3~6倍くらいの重量を入れた方が吸収効率が良いとされている。また、浸透圧が低すぎても良くないが、ある程度低い方が効率がいいというデータもある。体の浸透圧は280mOsm/Lだけど、150~200mOsm/Lが理想的という研究結果があるね。 コ:じゃあ、水1000mlに塩3g、ブドウ糖9~18gくらいが必要なわけだね。ブドウ糖の代わりに砂糖じゃダメなの? ペ:砂糖はブドウ糖と果糖が1:1で結合したものだ。小腸の壁のスクラーゼという酵素が砂糖を分解してブドウ糖と果糖にするけど、果糖はSGLT1に使えない。だから砂糖を使うなら、摂取量を倍近く増やす必要がある。具体的には砂糖だと17~34gくらい必要だ。余分な果糖は肝臓で代謝されるから、肝臓に負担がかかるし、糖分が増えるので、糖尿病や肥満のリスクがあるね。 コ:じゃあ、ブドウ糖の代わりに砂糖を使うのはやめておいた方がいいんだね? ペ:医学的にはそうだけど、現実には必ずしもそうとは限らないんだ。 コ:というと? ペ:説得力のある面白い研究を見つけた。千葉県立木更津高等学校の学生が行った実験レポートと思われるもので、ブドウ糖、果糖、グラニュー糖のどの濃度が甘いと感じるかを検証しているんだ。ブドウ糖だと8%、グラニュー糖だと3%くらいで甘いと感じたという結果だ。私が示した経口補水液のブドウ糖濃度は高くても1.8%だから甘くない。一方、砂糖だと1.7~3.4%で甘く感じる範囲になるんだよ。 コ:それって、つまり……。 ペ:つまり、私が示したブドウ糖入り経口補水液は甘さが控えめすぎて美味しくないけど、砂糖を入れれば美味しく感じるということだ。 コ:美味しくないと続かないということ? ペ:そう、美味しくないものは続かない可能性があるよね。飲み過ぎなければ砂糖入りでも問題は大きくないし、自分の好みで調整していいと思う。実際、自作の経口補水液ではレモン汁やクエン酸を入れる人も多いんだよ。 コ:好みに応じてアレンジできるってことだね。 ペ:そういうこと。この講義で経口補水液の原理が理解できたと思うので、自分好みのレシピを試してみるといい。ちなみに私はOS-1が好きだけどね。 コ:氷で冷やすと塩分濃度が下がるのが難点だね。 ペ:原理がわかっていれば、お茶や水と塩飴でもいいんだ。その時は100mlあたり0.3gの塩分、ブドウ糖0.9~1.8gを目安にすればいいよ。 コ:原理がわかると応用できるね。 ペ:それでは今回の講義は終了です。 コ:暑い夏でもしっかり水分補給して熱中症にならないようにしてね。 ペ:美味しく飲めるレシピがあったらコメント欄で教えてください。 |