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グリコカリックスは、血管の内側を覆うとても重要な構造物です。ただし、重要性が知られ始めたばかりで、医師にさえ、まだあまり知られていないのが現状です。この構造物が弱まることは、全身に激しい炎症を起こし、命にかかわることもある敗血症性ショック、全身の血液が固まって致命的になることもあるDIC、果てはがんの転移など、一見ばらばらに見える危険な病気に深く関わっています。グリコカリックスを知れば、これらの病気の原因を、一つの流れとして理解できるでしょう。今回は、このグリコカリックスの詳細と、重症妊娠合併症の関係を見てみましょう。 ペ:こんにちは、ペンギン先生です。 コ:コシロです。 ペ:今回は、「危ない妊娠の原因は血管にある!」の講義をしていこうと思います。専門家レベルの内容を、医療関係者ではない人にも、できるだけわかりやすく、VTRを用いて説明する予定です。 コ:サブタイトルは「グリコカリックスと重症妊娠合併症」だね。 ぺ:今回はゲストを呼んでいます。 コ:ゲスト? 案内役:私のことです。 コ:あっ、「キャラで学ぶ凝固系」の案内役の人だ。 案内役:はい、私については「キャラで学ぶ凝固系」の動画を参照してください。今回は血液凝固も関わるところですので、私の方から説明させていただきます。 コ:ペンギン先生から話すんじゃないんだ? 案内役:いつも2人では味気ないので、こちらでもキャラクターを増やしていこうっていう方針でしょうか。さて、それでは、早速VTRを見ていきましょう。 -------------------------------------------------------------- ・グリコカリックスは血管の内側を、覆うように存在する構造物です。 ・このグリコカリックスが弱まると、敗血症、DIC(線溶抑制型)、ARDS、急性腎障害、がんの転移、動脈硬化など、様々な病態に関与するといわれています。 ・では、具体的にグリコカリックスの発生現場を見てみましょう。 ・今見ている灰色の土のようなところが血管の細胞の内側です。 ・まず、細胞表面に幹のようなものが生えてきます。これはコア蛋白と呼ばれます。 ・コア蛋白から、枝のようなものが伸びてきます。これは、グリコサミノグリカンと呼ばれる構造です。 ・主なグリコサミノグリカンとして、ヘパラン硫酸とコンドロイチン硫酸があります。 ・ヘパラン硫酸は、抗凝固作用、すなわち、血液を固めにくくする作用があります。 ・ヘパラン硫酸とコンドロイチン硫酸は、陰性に帯電することでチャージバリアを発生します。 ・これらについては後で詳しく見てみましょう。 ・この、コア蛋白とグリコサミノグリカンをまとめた、木のような構造をシンデカンと言います。 ・芯のデッカイ、シンデカンと覚えればよいでしょう。 ・ここは笑うところですよ? ・さて、シンデカンがたくさん生えているのを斜め上から見ると、このような感じになっています。 ・細胞表面で、ヒアルロン酸という成分が作られて広がってきます。このヒアルロン酸によって、シンデカンの森を水没させたような構造になります。 ・これがグリコカリックスです。 ・実際には、図のように、血管内皮を覆うようにして存在しています。 ・このグリコカリックスには、主に4つの能力があります。 ・1つ目は、炎症の調整です。 ・白血球が、グリコカリックスにより物理的に遮断され、血管の外に出にくくなることで、炎症が抑えられます。この機能はがん細胞の転移などにも関係しているといわれています。 ・2つ目は、アルブミン保持の能力です。グリコカリックスもアルブミンも、同じように陰性に帯電しているため、アルブミンが血管から出にくくなります。 ・このように、電気的に血管の中にアルブミンを保持する能力をチャージバリアと呼びます。 ・3つ目は、抗凝固作用です。 ・グリコカリックスのヘパラン硫酸がアンチトロンビンを活性化し、凝固系が機能しにくくなるのです。 ・4つ目は、血流の調整です。 ・グリコカリックスが強い流れを感知すると、一酸化窒素が分泌され、血管が広がります。 ・グリコカリックスが弱まった場合、これらの4つの機構が働きにくくなり、全身状態を悪化させます。 ・グリコカリックスは、敗血症などによる強い炎症、脳梗塞や心筋梗塞などの再灌流、高血糖、過剰な水分などで弱まることが知られています。 ・グリコカリックスの障害は血液検査で評価されます。 ・検査項目としては、血中または尿中のシンデカン、シンデカンの枝であるヘパラン硫酸、そしてヒアルロン酸がよく用いられます。 ・他にも、尿検査でシンデカンを確認することもできます。あるいは、腎臓のグリコカリックスが弱まると、尿の中のアルブミンが増えるので、それで間接的にグリコカリックスの状態を確認することもできます。 -------------------------------------------------------------- コ:なるほど、炎症の調整、チャージバリア、抗凝固、血流の調整、という4つ能力があるんだね。 案内人:そうですね。特に、全身の循環を保つのに非常に重要な役割です。 ぺ:ただ、グリコカリックスについては知らない医者も多いのが実情だ。 コ:そうなの? ペ:ここ10年くらいで、重要性が一気に理解されてきた感じだからね。現時点では、一般的な教科書にも医師国家試験にも、はっきりとは出てこない。非常に重要な構造物なので、そのうち知名度が上がるとは思うけど、今はまだ、一部の専門家が知っている内容、程度の扱いだ。 コ:それは知っている必要があるの? 案内人:グリコカリックスへの知識が無い場合、敗血症やDICなどの重症病態を、しっかりと理解できないまま治療することになりかねないですからね。 コ:敗血症やDICって、命にかかわる病気の代表みたいなものだもんね。サブタイトル後半の、重症妊娠合併症っていうのは? ペ:妊娠というのは、生物としての自然な営みだけれど、それでも異常が生じることがある。具体的な項目としては、代表的なものとして、以下が挙げられる。なお、綺麗に分類できないものも多いけれど、一番近いと思われる項目に入れている。 ※正常な妊娠で生じるもの 悪阻(つわり)、多胎(双胎、品胎など) ※妊娠位置異常 異所性妊娠(子宮外妊娠)、胎盤位置異常(前置胎盤・低置胎盤) ※母体・胎盤・羊水に関する異常 子宮頸管無力症、妊娠高血圧症候群(高血圧・タンパク尿)、妊娠糖尿病、HELLP症候群、子癇発作、肺塞栓、羊水過多・過少、子宮内反症、絨毛膜羊膜炎、胎盤早期剥離、分娩時大量出血 ※胎児に関する異常 子宮内胎児発育不全、血液型不適合妊娠、双胎間輸血症候群 ※感染によるもの 風疹、梅毒、トキソプラズマ、サイトメガロウイルスなど コ:すごい数があるね。 ペ:他にも、例えば先天的に心臓に異常がある女性の妊娠など、固有のリスクがある場合もあるし、胎児の方の先天的な病気なども入れると、途方もない数の病気がある。 コ:出産も、命がけなんだね。 ペ:とはいえ、日本は医療が充実しているので、リスクが高い人も含めて、妊娠や出産によって亡くなる可能性は10万にあたり3,4人程度だから、過剰に怖がる必要はない。ただし、多い国では、10万人あたり1000人以上が亡くなっている。 コ:つまり、10万人中1000人以上が亡くなるところが、医療の力で3,4人まで抑え込めている、ということなんだね。 ペ:もちろん、「少ないからよし」ではなく、死亡数ゼロを目指し、さらに合併症や苦痛を減らしていく努力を続ける必要がある。 コ:とても大切なことだね。 ペ:そのためには、原理を理解して対応することが大切だ。出産関係で、特に死亡リスクが高いのは出血関連だ。 案内人:線溶亢進型DICが代表ですね。これについては「キャラで学ぶ凝固系」の第11回くらいに出てくる予定です。 コ:この動画公開時点で、まだ第2回が最新だけれど……。 ペ:さて、出血関連に次いで死亡リスクが高いと言われているのが、妊娠高血圧関連の病気だ。特に、HELLP症候群、子癇発作など、危険な病態も多い。 コ:妊娠高血圧ってよく聞くけど、よくあるのかな? ぺ:古くは妊娠中毒と言われたりしていたね。妊娠高血圧自体は10~20人に1人くらいと、比較的頻度が高い。そのうち1,2割がHELLP症候群を生じるとされている。なお、後で説明するけど、今のところは、HELLP症候群は、妊娠高血圧に関連した、重い病態だと思ってほしい。 コ:結構多いね……。 ぺ:子癇発作は、まあ、妊娠がきっかけになる全身の痙攣だけれど、妊娠全体でみて、200人に1人といったところだね。 コ:これは少ないようだけど、人数にしたら結構多いのかな。 ぺ:10万人あたりで500人にけいれんが起こっているということだからね。いうほど少なくはない。 案内人:この病態は、グリコカリックスに非常に密接にかかわっているので、今回、グリコカリックスについて説明するためのテーマとして、妊娠高血圧関連の、この一連の病気が選ばれました。 コ:なるほど。 案内人:では、VTRを見てみましょう。 -------------------------------------------------------------- ・ご存知のように、赤ちゃんはへその緒を通じて、胎盤と繋がっています。 ・胎盤は、赤ちゃんとお母さんの間で、栄養や酸素のやり取りをするために重要な組織です。 ・そのための血管を維持するために、アクセルの役割を持つ物質とブレーキの役割を持つ物質があります。 ・まず、血管内皮増殖因子(VEGF)、というものがあります。 ・血管内皮増殖因子は、新しい血管を作る役割もありますが、完成した血管の機能を保つのにも重要で、グリコカリックスの保護に関わります。 ・しかし、血管が無秩序に増えると、必要なところに十分な血液を送ることができなくなります。 ・そのため、そのブレーキの役目として、sFlt-1(可溶性fms様チロシンキナーゼ1)が存在しています。 ・この2つの因子の綱引きにより、胎盤に適切な血管が形成されます。 ・では、胎盤の構造を詳しく見てみましょう。 ・胎盤は、大きく分けて、胎児側と母体側の2か所に分けることができます。母体側は脱落膜という膜で仕切られています。この膜の部分が、出産の時にはがれて、胎盤が外れます。 ・胎児に流れる臍帯動脈、臍帯静脈は、胎盤の絨毛という構造に繋がっています。この絨毛を通じて、お母さんからの栄養や酸素を受け取っています、 ・絨毛を囲むようにして、絨毛間腔という空間が存在しています。ここにはお母さんの血液が満たされています。 ・お母さんの血液は、らせん動脈という動脈から入り、静脈から出ていきます。 ・さて、胎盤に十分な酸素が届かなくなる大きな理由として、2つあります。 ・1つは、らせん動脈が十分形成されず、母体からの血流が不十分になり、十分な酸素が届かなくなっている可能性。もう1つは、血管が必要以上に増殖し、うまく機能していなくなっている可能性です。 ・胎盤は、この酸素不足を何とかしようとします。しかし、胎盤には「十分な酸素が届かない」という情報しかないため、正確に正解を選ぶことができません。 ・そのため、胎盤は「血管が異常に増えているのではないか」と推定して、sFlt-1の分泌を増やします。血管が異常に増えていることが問題だった場合には、これで解決することがあります。 ・しかし、らせん動脈の問題だった場合、当然sFlt-1を分泌しても改善することはありません。それどころか、さらに状況が悪化することになります。 ・過剰に分泌されたsFlt-1は、主にお母さんの方の血液に移行します。 ・すると、お母さんの体を維持していた血管内皮増殖因子が、sFlt-1によって阻害されてしまいます。 ・繰り返しになりますが、血管内皮増殖因子はグリコカリックスの保護に働く重要な成分です。 ・そのため、血管内皮増殖因子が阻害されることによって、母体のグリコカリックスが障害されます。 ・これが、様々な妊娠合併症の原因となるのです。 ・前述のように、グリコカリックスには4つの機能があります。 ・まず、グリコカリックスの凝固抑制の機能が障害されることが、HELLP症候群に強く関わっています。 ・なお、HELLP症候群とは、溶血、肝障害、血小板の低下を生じる症候群です。 ・グリコカリックスのへパラン硫酸が失われることで、アンチトロンビンが弱まります。 ・すると、凝固系が暴走状態に入り、全身性の血栓が生じます。これにより、凝固因子と血小板が消耗されます。 ・そして、血栓が特に問題になる場所は肝臓です。 ・肝臓は、腸から取り込まれた栄養や薬物、異物などを最初に処理する重要な臓器です。 ・そのため、腸からの血液を効率的に処理できるように類洞という血管の構造を持っています。 ・類洞は、肝動脈や門脈から受けた血液が、肝臓の細胞の間を通り、静脈へ流れる構造になっています。 ・この繊細な構造のため、血栓の影響を受けやすくなっています。さらに、門脈の酸素飽和度は肝動脈に比べると低いので、血栓が生じた際に肝臓が酸素不足になりやすいのです。 ・また、血栓により細くなった血管を血流が通ることで、溶血が生じやすくなります。グリコカリックス障害による血流の調整が障害されることも、これに拍車をかけます。 ・このようにして、溶血、肝障害、血小板減少というHELLP症候群の3徴候が完成します。 ・しかし、グリコカリックス障害による症状はそれだけではありません。 ・血流の調整障害は、血管を開く能力の喪失につながるため、妊娠高血圧の大きな原因の一つとなります。 ・また、グリコカリックスのチャージバリアの障害は、腎臓の、血管内に、アルブミンを保持する能力を弱めます。つまり、尿にアルブミンが漏れてくる原因になるのです。これが、タンパク尿が妊娠高血圧の兆候であるといわれる理由です。 ・アルブミンは血管内に水分を保つ役割があります。そのため、血管内のアルブミンが減少すると、水分が血管の外に漏れだして、脳の浮腫が生じます。それに加えて、血流の調節障害による血流の低下や、小さな血栓が脳の血流を減少させます。さらには、グリコカリックス崩壊により、脳血管関門という、脳に取り込む物質を選別する機能の障害などを生じます。これらの原因により、全身の痙攣を生じる場合があります。これを子癇発作と言います。 ・このようにグリコカリックスは、代表的な妊娠合併症の多くに関わっています。 ・すでに述べたように、血糖値が高いと、グリコカリックスが弱まりやすくなります。そのため、もし、妊娠糖尿病があると、グリコカリックスが過剰に弱まりやすいため、妊娠による合併症が重症化しやすくなります。 -------------------------------------------------------------- コ:なるほど、グリコカリックスって重要なんだね。 ペ:HELLP症候群の他にも、敗血症性ショックやDICなどの重症な状態に関わってくるからね。グリコカリックスの性質を理解し、必要に応じて保護することが、治療において重要になることも多い。 案内役:ただ、動画中に出てきた、sFlt-1は、正常の妊婦でも上昇していて、グリコカリックスを弱めていることが知られています。 コ:何で? 案内役:グリコカリックスをあえて弱めることで血液が固まりやすくなり、出血に強くなるなどの意味があるのでしょう。 ペ:ただ、その影響で下肢静脈血栓など、血液凝固が過剰になることによるリスクが上がってくる。 コ:グリコカリックスもメリットとデメリットがあるっていうことだね。 ペ:そう、常にグリコカリックスがしっかりと働けばいいというものでもない。ただ、病気の治療としては「敢えてグリコカリックスを弱める」必要なんて無いとは思うけどね。 ペ:さて、では今回の講義はここで終了とします。 案内役:グリコカリックスとHELLP症候群などの合併症について、理解できましたか? コ:そうだね、大体わかった気がするよ。 案内役:特に凝固系に興味がわいたら「キャラで学ぶ凝固系」の動画も見てください。 ペ:次回はそちらの動画の続きを進める予定だ。 コ:また楽しみにしているよ。 |