ペ:こんにちは、ペンギン先生です。 コ:コシロです。 ペ:今回は「帝王切開中に麻酔が効いていても痛い理由は?」について説明していきます。 コ:帝王切開の麻酔については説明した動画があったよね?この麻酔法で何か問題があるの? ペ:脊髄くも膜下麻酔で手術中の痛みをブロックするし、硬膜外麻酔で手術が終わった後の痛みを抑える、二段構えの非常に良い麻酔法だ。ただ、実際に帝王切開の麻酔をしていると、子供が出てくるくらいまでは、よく麻酔が効いているのに、赤ちゃんが出てきて、手術も後半だ、という頃になってくると、段々と不快感や痛みを訴え始めることが、意外と多い。 コ:え?麻酔が切れてきているっていうこと? ペ:いや、麻酔は十分に効いている前提だ。アメリカ麻酔科学会によると、一般的な、硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔を行った患者さんの約18%で痛みが出現したとされている。また、少し古い研究だが、1992年に帯広厚生病院の、里康光医師の報告によると、十分麻酔が効いているのを確認し、ほとんどの症例で血圧が低下しており、赤ちゃんが出るまでは痛くなかったにも関わらず、局所麻酔の濃度が低いと80%に、ある程度高くても、36%に赤ちゃんが出た後の、わずかなものも含め、手術中に痛みがあったそうだ。 コ:結構高いね。麻酔がきちんと効いているのに、患者さんが痛がるって、どういうことなのかな? ペ:インターネットなどで調べても、「帝王切開中は麻酔が効いているので痛くない」と書いてあることがほとんどで、医療ミスがあったんじゃないかと心配になる産婦さんも多いんじゃないかと思うけど、これは比較的よくあることなんだ。今回はそれについて詳しく見てみよう。 ペ:なお、この動画は医療関係者ではない人が見ても理解できるように作っているけれど、研修医や若手麻酔科医、産婦人科医、看護師などが勉強になるように、という意図もあり、少し専門的な話も入るので、少し難しいと感じるかもしれない。 コ:もしわからないことがあれば、遠慮なくコメント欄で質問してみてください。 ペ:まずは帝王切開の麻酔法について復習してみよう。帝王切開では、基本的に2つの麻酔法を併用することがほとんどだ。一つ目は硬膜外麻酔、二つ目は脊髄くも膜下麻酔だね。硬膜外麻酔は、脊髄を包む硬膜の外にカテーテルという非常に細い管を挿入して、局所麻酔薬を注入することで、手術が終わった後の痛みを強く抑え込む方法だ。硬膜外麻酔の原理については別動画がありますので、そちらを参照してください。 コ:宣伝だね。 ペ:この硬膜外麻酔は基本的に手術が終わった後の痛み止めなので、手術中は使わない。脊髄くも膜下麻酔は、脊髄の下あたりから薬剤を注入して、脊髄の下半分を麻痺させる方法だ。それによって下半身の感覚が無くなり、痛みを感じなくなる。この麻酔が3,4時間は効いているので、その間に帝王切開をする。 コ:話を聞いている限り、2段構えの良い方法だね。 ペ:手術を開始する前に、実際痛くないことは確認するし「麻酔ってすごいね、全然痛くない」って言われることもしばしばある。 コ:これなら安心して手術が受けられるね。 ペ:ところが、赤ちゃんが出てきて、しばらくすると「気分が悪い」とか「お腹が痛い」などの訴えが出てくることがある。大体手術開始から1時間も経っていないくらいのタイミングで、麻酔が切れるには早すぎるし、爪楊枝などで確認しても、痛みが感じられない。それどころか、想定より広い範囲で麻酔が効いていて、麻酔が効きすぎないか心配している状態なのに、痛みを訴えられる、なんてこともある。 コ:麻酔が効きすぎているのに痛いっておかしくない? ペ:ここで、脊椎麻酔の原理について確認してみよう。繰り返しになるが、脊椎麻酔は髄液に局所麻酔薬を注入することによって、脊髄の下半分を麻痺させる方法だ。なので、局所麻酔が効いている範囲には強く痛み止めが効くが、効いていない範囲には、麻酔は効かない、ということになる。まず、これを前提としてほしい。 コ:まあ、それはそうだよね。 ペ:一般的には痛みの範囲はデルマトームというので説明される。感覚についてのデルマトームはこの図のようになっているが、帝王切開の時は最低この範囲は麻酔が効いているし、強めに麻酔が効いていると、このくらいの範囲まで広がっていることが多い。 コ:帝王切開は大体この範囲だよね?それなら、傷口は完全に麻酔が効いていて痛くないはずだね。 ペ:その通りだけど、例えば帝王切開の説明の動画に、こんな注釈が入っている。 コ:「痛みは消えても、触られているのはわかることがあります」って書いてあるね。そういえば、これはおかしいよね。麻酔が効いていて感覚が遮断されているなら、触られているのもわからないはずだよね。 ペ:神経にはいくつか種類があって、局所麻酔薬への反応性が変わってくるんだ。基本的には、まず交感神経、温度感覚、痛覚、触覚、運動神経、圧力感覚の順番にブロックされていく。なので、痛みは全くないのに、触られたり押されたりする感覚が残っていたり、足が動いたり、などということが起こりえるわけだね。 コ:つまり、神経の種類によっては、局所麻酔薬で抑えにくい感覚があるということかな? ペ:そう、一つ目の理由は、この「不安のせいで、触られている感じを痛みと勘違いしている」場合などが挙げられている。 コ:でも、それは、帝王切開が始まった直後ならわかるけど、時間がたってから勘違いしだすのは、考えにくいよね。 ペ:例えば、きちんと麻酔が効いているのに、手術が始まった瞬間にパニックを起こして全身麻酔に切り替えた症例を見たことがある。途中から刺激のタイプが変わるので、勘違いし始める、ことも、まああり得ない話ではないけど、すべてがそうだとは思えないね。 コ:そもそも、内臓の痛みとかには麻酔が効きにくいのかな? ペ:それが二つ目の理由だね。少し古い研究だが、1990年頃、GissenらがAnesthesiologyに投稿した論文によると、子宮の痛みに関わる神経のタイプは局所麻酔薬が効きにくいようだ。通常、子供が出る前に子宮を切っても痛みを感じることはほぼないが、帝王切開による出血を止めるために大量の子宮収縮薬を投与することもあり、子宮収縮による痛みが非常に強いこと、多少なりとも麻酔が浅くなってくることで、神経の遮断が不十分なところが出てしまい、そこを痛みの刺激が通過してくる可能性があること、などが言われている。一般的にはこれは「後陣痛」なんて言われたりしている。 コ:つまり、元々局所麻酔薬が効きにくい部分に、あまりに強い刺激が入って、麻酔が弱まり始めた部分を通過してしまうことで、痛みを感じるっていうことなのかな? ペ:そうだね、これを疑う場合には、硬膜外麻酔を追加するなどして対応することが多い。 コ:じゃあ、それで抑え込めるなら安心だね。 ペ:ただ、個人的な経験としては、「硬膜外麻酔を投与したら、痛みが楽になりました」なんてことはあまりないかな。 コ:つまり、他の原因が考えられるってこと? ペ:これも個人的な経験だが、ある程度止血が落ち着いて、お腹の中に残った、出血や羊水などを取り除くために、洗浄を行うタイミングで痛みや不快感を訴える人が多い印象がある。 コ:何でお腹を洗うと痛みや不快感が出てくるのさ? ペ:脊髄くも膜下麻酔は、薬が脊髄に効いている範囲にしか効かない、という話はしたよね?三つ目の原因として、上の方にある胃や十二指腸はこの範囲(Th5-10の範囲)の神経に支配されているので、帝王切開の麻酔の範囲外になることが挙げられる。 コ:なるほど、確かに少し範囲外になるように見えるね。じゃあ、麻酔を高めに効かせたら安心なのかな? ペ:四つめの原因として、横隔膜の周りにある横隔神経が考えられる。横隔神経は、首のあたりの脊髄から降りてきて、横隔膜周辺の刺激を受けて痛みや不快感を伝えてくる。そのため、脊髄くも膜下麻酔の範囲から外れてしまう。 コ:そうなると、帝王切開の途中の痛みや吐き気につながるというわけだね。脊髄くも膜下麻酔をそこまで効かせることはできないの? ペ:できなくはないけど、横隔膜の運動を支配する神経なので、呼吸が止まる可能性が高い。 コ:実質無理っていうことだね。 ペ:当然硬膜外麻酔も範囲外なので、そちらで抑えることもできない。 コ:それは困るね…… ペ:さらに、五つ目の原因として、これは痛みに関する部分ではないけれど、消化管の内臓感覚を伝える神経経路の一つに、迷走神経経路というものがある。これは脳から出て、頸動脈の周り、食道を通り、お腹の中の消化管まで移動してくる。当然これも脊髄くも膜下麻酔ではブロックできないので、腹部の洗浄などのために腸に水圧などがかかったりすると刺激されて、吐き気を催す可能性がある。まとめるとこんな感じだ。主に下の二つは、背中の麻酔だけではノーガードになってしまう。背中の麻酔で痛みや吐き気を抑える限界、といったところだね。 コ:じゃあ、どうすればいいのかな? ペ:これは麻酔科医サイドの問題だけど、とりあえず、局所麻酔薬の量を増やせば上の3つは対応できるので、増量して対応している人もいる。ただし、その分血圧が落ちやすくなったり、麻酔が高い位置に効きすぎて息苦しくなったりすることもある。あと、これは産婦人科医サイドの問題だけど、腹部洗浄を控えるなどで刺激をしないようにすれば、横隔膜や腸への刺激を大きく減らすことができる。ただ、これも羊水が感染の原因になる可能性があるから、そのためだけに避けるのは良くない感じがする。 コ:必要ならやらざるを得ないよね。 ペ:私は、こういったものは抑えきれない前提で、胎児が出てきた後は、点滴からの鎮静薬で眠ってもらっていることが多い。大抵の場合は、そんなに強い刺激ではないから、眠っていれば問題にならないことがほとんどだからね。全身麻酔と違って、点滴からの眠り薬で眠るだけだから、体への負担も大きくない。 コ:確かに眠っている間に終わってしまえば、楽だよね。 ペ:ただ、これも問題が無いわけではないね。一つは、眠っていても体が動いてしまうことがあることだ。最悪手術をしているところを触ろうとする可能性がある。また、麻酔が不適切だと呼吸停止が生じる可能性もある。まあ、この二つは上手に麻酔すれば問題にならないけどね。また、次に、麻酔中に吐いてしまうと誤嚥をする可能性があることだ。眠っているとはいえ、腹部に刺激が入ると吐く可能性がある。まあ、非常に稀だとされているけどね。個人的にもトラブルが起こったことは無いけど、それを理由に嫌がる麻酔科医はいる。あとは明確な臨床データは無いが、眠り薬で子宮の収縮が抑制されるという話が有って、産後出血が増える可能性も指摘されているので、出血が多い場合には注意が必要だ。 コ:どれもこれも、リスクと妊婦さんの苦痛とを天秤にかけて、決定する感じだね。 ペ:痛みが無いのであれば、吐き気の方は吐き気止めで対応することも多いと思う。迷走神経経路が原因の場合は、アトロピンという副交感神経遮断薬が効くこともある。ただ、心拍数が上がるから、動悸が起こる可能性はある。まあ、どう対応するのか、最終的には麻酔科医が判断することになるかな。 コ:なんか大変そうだね。背中の麻酔なんかやめて、最初から全身麻酔にすることはできないのかな? ペ:帝王切開の時、非常に緊急性が高いときは全身麻酔をするけど、可能なら背中の麻酔をする方が良いとされている。というのも、お母さんが寝るだけならいいんだけど、薬剤が赤ちゃんの方に移行して、赤ちゃんの方まで眠ってしまう可能性があるんだ。これをそのままsleeping babyとか言ったりするが、生まれたての赤ちゃんは非常に弱いので、鎮静薬の作用まで重なると、呼吸が止まってしまうことが多いんだ。まあ、そこは小児科医などが呼吸の手助けなどをするし、遅くても数十分もしたら回復するから、後で赤ちゃんに影響が残ることはほぼ無いんだけど、やはりリスクであることには違いないし、できる限り避けた方がいいっていう理由だね。 コ:確かに赤ちゃんの方にまで薬が行くとなると、避けた方がいい感じがするね。 ペ:さて、今回の講義はここまでとなります。 コ:結局、背中の麻酔が効いていても、完全に痛みと吐き気を遮断するのは難しい、ということだね。 ペ:そう、結構よく遭遇する問題なのに、命にかかわらないこともあって、意外と軽視されていることも多い印象だ。そして軽視されているからこそ、教科書にも書いていないし、上級医からもあまり指導されない。インターネットなどで調べても、「帝王切開中は麻酔が効いているので痛くありません」と記載されていることが多い。なので、若い先生がいきなり遭遇すると、うまく対応ができなくなってしまうし、患者さんからも医療ミスだったんじゃないかと疑われてしまうことになる。帝王切開中には、麻酔が効いていても痛いことがあるのを分かった上で、苦痛が無いようにうまく対応することも、麻酔科医の腕が問われるところだと、私は思っている。 コ:そこは麻酔科医の能力や対応も、とても大事だってことだね。 ペ:これから帝王切開を受ける方も、不安があったら麻酔科医に相談してください。あるいは、この動画のコメント欄に書いていただいたら、できる限り、反応します。 コ:体験談とかもあったら、また教えてね。 |